5月26日(火):唯我独断的読書評~『苦心の学友』
佐々木邦(ささき・くに)と聞いてどれだけの人がピンとくるだろう。まあまあな文学通でないと知らないかもしれないな。ユーモア小説家で、大正から昭和初期ころに活躍した作家さんだ。
正直言うと、僕は「ユーモア小説」なるものに食指を動かされない。ミステリでも「ユーモアミステリ」などと評されている作品はどうも敬遠したくなる。僕自身がユーモアと無縁な人間だからだろうか。
それでも佐々木邦の作品は読んでみたい気持ちがある。古書店で見かけた時は迷わず買うことにしている。本書『苦心の学友』も先日古書店で見かけたもので、迷わず購入し、さっそく読んだ。非常に面白い作品である。
『苦心の学友』は昭和2年から4年にかけて「少年倶楽部」に連載された作品だ。当時の日本の世相も描かれているように思う。戦前は日本でも階級制度があったのだ。貴族階級の人たちがいたわけである。戦後、貴族制度が廃止され、貴族たちは斜陽していったわけだ。本作は貴族階級の少年に仕える庶民階級の少年が主人公だ。
学業優秀な内藤正三君は、ある日、花岡伯爵家の三男照彦様の学友に選ばれた。正三君は花岡家の客員となり、照彦様と同じ学校へ通うようになる。最初はケンカすることもある二人だけれど、正三君がいなくなると寂しくなる照彦様はいつも正三君に戻ってきてもらうことを願う。照彦様は少々甘えん坊なところがあるわけだ。
こうして仲良くなる二人。学校では、貴族階級の照彦に憧れ、近づきになりたい子もいれば、妬ましく思う子もいる。前者は、ハチの巣退治で仲良くなった細井君や高谷君などだ。後者はクラスのガキ大将堀口君だ。堀口君は何かにつけ正三君をからかったり挑発したりする。
学校で勉強するだけでなく、照彦様は家庭でも兄たちと一緒に家庭教師の下で勉強する。この家庭教師たちを監督するのが安斎老人で、この人がなかなか面白い。すぐに論語や漢文を引用し、すぐに切腹しようとする昔気質の人である。安斎老人がいると子供たちにも先生たちにも緊張感が漲るほどである。「メンタルテスト」を「メントルテスト」と間違って覚え、決してそれを訂正しない頑固さもまたユーモラスだ。本当は船酔いしたのに決して認めないってところも面白い。それでいて子供たちに対しては本当に優しい一面も持っている。とかく、この人が本作を面白くしているところがある。
さて、正三君は照彦様に影に日向に付き従い、照彦様を守り、勉強を教え、遊び相手にもなる。照彦様はしんどいことがお嫌いで、勉強の成績も下から数えた方が早いくらいのところ。成績トップの正三君とは雲泥の差がある。なんとか照彦様の成績があがるように頼まれている正三君の責任は大きい。なんとかして勉強の苦行から逃れようとする照彦様を巧みに阻止する正三君が微笑ましい。
花岡家ではいろいろなことが起きる。扁桃腺手術、魚釣り大会、肝試し、狩りなど、相撲にピンポンに射的といった遊び、その都度、正三君は照彦様の付き人を務める。正三君のけなげさに共感してしまう。
学校でもいろいろなことが起きる。ガキ大将の堀口君が正三君らのグループにいちゃもんをつけて、ついにケンカになる。正三君もなかなか強い。このケンカを機に、堀口君は改心する。今までのことを詫びて、これからは仲良くしてほしいと頼む堀口君を受け入れる正三君たちが優しい。この堀口君、最後は大活躍する。かつて堀口君とつるんでいた小沢君たちの計略に照彦様がはまってしまったのだ。石炭泥棒の疑いをかけられて小遣いの関さんに物置に閉じ込められてしまう。堀口君、関さんに頭を下げて謝るかと思いきや、そのまま逆立ちする。関さんが逆立ち名人で、その名人の前で技を披露するわけだ。これには関さんも一本取られて、照彦様は無事に釈放されたという次第である。このかつてのガキ大将、心を入れ替えて勉強するだけでなく、何があってもケンカをしないのだ。それで毎日人に良いことをしようと心がけていて、それを実践する。何も良いことができない日は犬の頭を撫でてやったりする。何が何でも一日一善を敢行する姿がまた微笑ましい。
ところで、正三君は時には内藤家へ帰る。兄や両親との場面が描かれる。正直言うと、この内藤家の描写って要るんかいなと思っていたのだけれど、しっかり伏線になっていた。兄も弟の正三君がいなくなって寂しかったのだな。ラストでそのことが窺われる。ちょっとホロリとくる場面だ。
さて、正三君と照彦様をはじめ、安斎老人や先生たち、花岡家の面々に内藤家の人たち、学校での学友たち、一人一人が実に生き生きと感じられる。佐々木邦のそういうところに僕は魅力を感じる。軽妙な文体で人物が生き生きと描写される、文章もまた魅力的だ。
本作は長編小説だが、いくつものエピソードが連なっており、連作短編のような趣がある。長編小説としてはそこは難点になるかもしれないけれど、それで作品の評価が下がるっていうわけではない。それに読みだしたらやめられなくなる。正三君や照彦様たちがどうなるのか、次になにをするのかなどと興味が尽きず、子供たちと一緒に読者(つまり僕だ)もハラハラしたり、ホッとしたり、微笑んだり、ホロリときたりする。いい作品だと思う。
僕の唯我独断的読書評は4つ星半だ。子供時代にこういう面白い小説を読めた昭和初期の人たちが羨ましく思えてくる。
<テキスト>
『苦心の学友』(佐々木邦 著)
講談社(少年倶楽部文庫)
(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

