5月20日(水):日々の差
今日は暑かった。まだ5月だというのに真夏並みの暑さだった。いや、真夏はもっと熱いだろうけれど、それくらいの暑さだったというだけのことだ。夜も蒸し暑く、夏のような熱帯夜だった。
朝まで夜勤をやってた。遠方の店舗での仕事だった。正直言って、この店舗はあまり入りたくない。とかくズサンなのだ。
僕はウォークインをやったのだけれど、入荷量が多いうえに、品出しというか補充もされてなくて売り場がガラガラになっていたし、しかも売り場に並んでいないアイテムが2,3見つかるという始末だ。勤務時間のほとんどがそれに費やされた。最後の売り場に並んでないアイテムに関しては勤務終了後にやった。当然無給奉仕である。
もっとも、ただ働きだっとしても、その仕事は明後日にやらなければならなくなるのだから、今日やっておくと明後日がラクになるというメリットもあるのだけれど。
真面目に働かないのが一人でもおると周囲はとかく迷惑するものだ。そいつはラクして儲けたと高を括るかもしれないけれど、このツケが5年後とか10年後とかにキッチリやってくる。これは賭けてもいい。今日真面目に働くか不真面目にするか、一日一日の差が積み重なっていって、5年後や10年後には取り返しのつかないほどの差が広がっているというわけだ。
僕も経験するところだ。たとえば新人さんと一緒に入ることがある。コンビニ経験者という人もある。そういう人の仕事ぶりを見ていると、この人は前のコンビニで真面目に働いた人だなとか、こいつは前の店ではきちんと働いていなかったなとか、そういうことがすぐに分かる。真面目に働いた人は基礎的なことが身についているだけでなく、姿勢というかアイデンティティもある程度確固としている。つまり、最初から店員らしいわけである。不真面目にやってきた人はそういうのがまったく欠落しているわけだ。
こういう差は学生時代にしっかり出来上がってしまう。たとえアルバイトといえども真面目に取り組んだ人とそうでない人とは、一日ごとに生じる小さな差が積み重なって、卒業するころには全然違う人間になっているのだ。卒業して入社する。みんな新卒の新入社員だ。スタート地点は同じでも、スタートに立った時の状態にはすでに歴然たる差が生まれているのである。
では、差をつけられた側の人は差を見せつけられてどうするかと言うと、「あの人(真面目に積み重ねてきた人)は恵まれていたのだ」とか「あの人にはそういう能力があるから」とかへったくれだとか言うわけである。本当は違うのである。日々差をつけられてきたことの結果である。能力とか運というのは、僕の見解では、人が思うほど大きな要因ではないのだ。むしろ、能力や運というのは真面目にやった先に開けてくるものだと思う。
まあ、そんなことを言っているけど、人を見て我がふりを正そう。若い人には負けるけれど、少なくとも同年代の連中には負けたくない。だから一日ずつ彼らと差をつけていこうとしている。「その年齢でよくそこまでできますね」などと年下連中にも言わせたい。そのためには今できていることを休まずに続けること、一日一日に差をつける思いで取り組むことだ。
もし、すでに差をつけられているなら、人の倍頑張ればいつか追いつく。追いついて、そこから追い抜けばいいだけのことだ。
そんなこんなで一時間サービス残業をした後、売れ残っている缶チューハイを一本呑んで、40分ほど歩いて帰宅だ。
帰宅して、すぐに寝てもいいのだけれど、寝たらもったいないなどと思い。起きて活動を続ける。本業のカウンセリングの方でも復活していかなければとも思っている。そのためには唯一の窓口であるサイトを更新していかなければならない。
先日は2月から4月までのブログを公開した。公開できるものだけを公開した。もう少し手直しが必要だなというものは未公開だ。それらを完成させようと思う。その他のページの原稿でも、公開にこぎつけられそうなものを選ぶ。未公開、未完成の原稿ばかりが貯まり続けているので、少しは公開しようと思う。
午後からは本を読んで過ごす。論文を一つ。後は小説だ。
夕方になって、少し寝ておこうと思い立つ。今晩も夜勤を控えているので寝ておかなくてはと思う。横になったものの、暑くてやりきれない。少しだけエアコンをつける。5月からエアコンを使いたくないのだけれど、寝るためだから仕方なく使う。部屋が快適になるとよく眠れた。
(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

