3月1日(月):ミステリバカにクスリなし~『暗殺のソロ』
ジャック・ヒギンズの『暗殺のソロ』を読み終えた。古書店で購入してからずいぶん経つ。その間、手を伸ばしそうになったことは幾度かあったけれど、未読のままだった。処分してもいいのだけれど、せっかく縁があって手にすることになった本だ、読まれなければ本も浮かばれまい。そんな思いで読み始める。
物語はユダヤ人有力者の暗殺から始まる。覆面の男は有力者を暗殺し、自動車を奪って逃走するも、その途中で自転車に乗った少女を轢き殺してしまう。男は車を乗り捨て、コンサートホールに入っていく。しばらく後、男はステージでラフマニノフのピアノ協奏曲を演奏していた。世界的に有名なピアニスト、ジョン・ミカリだった。
ジョン・ミカリ、一方では世界的ピアニストであったが、彼こそ「クレタン・ラヴァ―」の異名を持つ殺し屋だった。ギリシャの裕福な家庭で生まれたが、父の死、母の死、さらには乳母の死といった不幸も経験する。初めての復讐も果たす。二年間軍隊に入り、頭角を現し、いくつもの勲章を授与されるほどの功績をあげた。除隊後はひたすらピアノに打ち込んだが、軍人の魂はしっかりと彼に根付いていた。祖父の復讐を果たした時、以後、彼に暗殺を依頼する弁護士ジャン・ドヴィルと知り合う。
一方、ミカリが事故で死なせてしまった娘の父親は、英国空軍の猛者であり、根っからの軍人であるエイサ・モーガン大佐だった。モーガンは娘の復讐を誓い、神出鬼没の暗殺者クレタン・ラヴァーを追跡する。
なかなか魅力的な設定である。ミカリとモーガンとがどこで鉢合わせするかと興味が尽きないのだが、これがなかなか進展しないのである。何しろ手がかり一つない暗殺者を追うのだから一筋縄ではいかない。ミカリが暗殺に使用した銃を手がかりにモーガンは追跡していくのであるが、この線は、まさかの、袋小路に行き当たる。
結局、モーガンは暗殺者の逃走経路を追うことにする。つまり、暗殺者が娘を撥ねてから車を捨てた地点に立ち、そこからどう逃走したかを辿ろうとするわけだ。案外、誰もそこに気がつかなかったというのは滑稽だが、何を隠そう、読者(つまり僕)もそこはしっかりと見落としていたのである。
クレタン・ラヴァーはジョン・ミカリだ、そう確信したモーガン大佐は、ミカリの居場所を探し当てる。ミカリはギリシャの島にある彼の別荘に滞在していた。モーガン大佐は一路その別荘に向かう。いよいよ火花を散らす対決が始まるのかと読んでいてワクワクするのだけれど、ここでは呆気なくモーガンが撃たれて瀕死の重傷を負ってしまう。
ミカリはモーガンが死んだと確信するが、実はモーガンは島民に助けられていたのだ。ラストで、コンサート会場でモーガンの姿を見かけた時のミカリのショック、それによってもたらされた名演奏の件はすごく面白い。
上記のような対決をするものの、しかしながら、ミカリとモーガンをつなぐ人物がいるのである。心理学者のキャサリン・ライリーである。ライリーはミカリの愛人である。また、モーガンはクレタン・ラヴァー事件に関してライリーに意見を伺っている。両者、ミカリとモーガンという、軍人の血が流れた似た者同士を引き合わせる役目をライリーが負っているのかなと予測すると、これがまた見事に外れたわけだ。
恋人が世界的なピアニストであり暗殺者であった事実を知った時の彼女の衝撃とはどのようなものだろう。恋人を助けたい気持ちもあっただろうけれど、警察に協力することになった気持ちとはどのようなものだろうか。彼女が静かに姿を消すラストは深い余韻を残す。
なかなか面白い作品ではあった。いささか冗長に感じる場面もある。ミカリとモーガンがどんな対決をすることになるか、続きが気になるのに、著者はなかなか二人を接触させない。非常にもどかしい。あんまりもどかしいと興味が薄れていく危険性があった。興味が薄れると、途中放棄の一冊になるところであった。
また、著者は細部まで丁寧に描写している。プロローグで事件が起き、続く第1章では延々とミカリの人生が、彼の祖先の代から、綴られる。それはそれで必要な叙述なのであるが、そういうのは物語の途中で挿入してもらえるとありがたいものである。事件で読者(つまり僕)の興味を掻き立てておきながら、なかなかその続きに入らせてもらえないというのも、また、もどかしい体験だった。同じことはモーガンをはじめ、その他の登場人物でも然りだった。
また、直接物語に影響するわけではないものの、外国の戦争事情に疎い僕にはよく分からない言葉とか描写に遭遇する。GRUとかEOKAとか、それって何?などと思ってしまう。こういうのはちょっと煩わしい。
そうした煩わしさとか、もどかしさとか、それらは欠点と僕には感じられているが、それでもミカリ、モーガン、ライリーそれぞれが魅力的である。特に、ライリー博士は心理学者ということもあって、彼女のセリフには共感するところが少なくなかった。テロリストの言動、グランプリ・ドライバー(つまりF1レーサー)のパーソナリティ、墜落する飛行機内でのパイロットの言葉等々、面白いことを語る人だ。
さて、著者であるジャック・ヒギンズは特に好きな作家さんというわけでもない。スパイとかエスピオナージとか、そういう作品はどうも苦手だ。『鷲は舞い降りた』の映画は好きでよく観たものだけれど、原作で読んでみようという気にはならない。古書店で本書を見つけた時はちょっとした冒険だった。安くつく冒険だ。有名でありながら読んだことのない作家さんの作品を読んでみて、もし面白かったら儲けものだし、つまらなかったとしても大きく損をするわけではない。それで買ってはみたものの、実際に読むまでに10数年かかったよ。
結果的に読んでよかったとは思う。でも、ヒギンズの他の作品も読んでみようという気持ちにまではならなかった。今後、機会があれば読んでみてもいいかな、くらいだ。
ということで、僕の唯我独断的読書評は3つ星半としておこう。決して悪い作品ではない。この種のジャンルが好きな人なら面白く読めるだろうと思う。
<テキスト>
『暗殺のソロ(Solo)』ジャック・ヒギンズ著(1980年)
井坂清 訳
早川書房
(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

