6月6日:ミステリバカにクスリなし~『赤い鎧戸のかげで』

6月6日(土):ミステリバカにクスリなし~『赤い鎧戸のかげで』 

 

 飛行機の中で知り合ったアメリカ人モ―リーン・ホームズを即席の秘書に仕立てて北アフリカのタンジールに降り立ったヘンリー・メリヴェール卿。人目を忍んでの旅だったはずがタンジール空港で大歓迎を受けてしまう。ホアン・アルバレス警視とポーラ・ベントリーに迎えられ、車中の人に。ポーラはイギリス領事館員ビル・ベントリーの妻で彼の代理でこの有名な名探偵を迎えることになったのだった。 

 ホアンの荒っぽい運転に毒づきながら、彼らの宿泊先に着くや、メリヴェール卿は警視総監デュロック大佐と面会する。大佐は世界を騒がしている怪盗アイアン・チェストの逮捕の協力をメリヴェール卿に依頼する。 

 アイアン・チェストとは、銀行や宝石店を狙う泥棒で、鉄製の小箱を小脇に抱えているところからその名がついた。彼は衆人環視の中で忽然と姿を消しただけではなく、ダイヤモンドの山を一瞬にして消したという。メリヴェール卿は、モ―リーンの尊敬を勝ち取ることもかねて、この事件を引き受け、48時間以内にアイアンチェストを逮捕すると豪語する。 

 

 相変わらずお騒がせなヘンリ・メリヴェール卿を主人公としたカーター・ディクスンの一作。そのお騒がせぶりはここでも健在で、荒っぽい運転の自動車に乗ることを拒否し輿に担がれて移動するなど、奇矯ぶりも相変わらずだ。仕立屋で大騒ぎをやらかすなど、騒動にも事欠かず、ファンとしては嬉しくなる。 

 

 さて、事件の方は、メリヴェール卿到着の夜にさっそく宝石店が狙われる。そこでも人々の前で犯人の姿が忽然と消えている。 

 警察はアイアン・チェストの協力者とみなされるG・W・コリアーに目をつける。ひょんなことからポーラ・ベントリ―はコリア―の住居に立ち入ってしまう。盗んだ宝石を加工している最中であり、卓上には鉄製の小箱も置いてある。 

 警察はコリア―を監視していたので、即座に踏み込む。しかし、そこにはポーラが見た宝石の山も鉄製の箱も忽然と消えていたのだ。警察が部屋をしらみつぶしに調べるが、どこにもそんなものが見当たらない。読んでいる方は、どうせどこからも出てこないんだろって分かってるんだけれど、ここは辛抱して、壁にもない、書架にもない、書物の中にもない、暖炉にもない、鎧戸にもない、キッチンにもバスルームにもないという警察の探索に付き合わなければならない。 

 ここで警察が、というよりホアン・アルバレスが敗北を喫する。同時にコリア―という人物の悪党ぶりも描かれる。ここからホアンの復讐が始まり、後半での決闘に結実する 

 

 警察がそうして動いている間、当のヘンリー・メリヴェール卿が登場してこないのに煮え切らないものを感じてしまう。メリヴェール卿は「わしはわしで捜査をしとるんじゃ」などと何度も口にするのだけれど、主人公が表舞台に登場しないのはなかなかもどかしい。 

 その分、若者たちが活躍する。血気盛んなホアン・アルバレス、彼の親友で、スポーツマンシップというか騎士道精神に溢れるビル・ベントリー、さらにホアンと恋仲になるモ―リーンに、良妻になろうとするポーラ・ベントリーと、この二組のカップルが作品に動きをもたらす。 

 さらにイローネ・シェルバッツキイ伯爵夫人なるキャラも登場する。ハッキリ言って、このキャラは要るのかと思うのである。噂好きで、警察の捜査を吹聴しまくったり、メリヴェール卿に劣らず喧し屋であり、お騒がせ屋である。読者の推理を誤った方向へ逸らせる役どころなのだろうけれど、メリヴェール卿とケンカさせるために登場したキャラかと思ってしまう。むしろ、その愛人のマーク・ハモンドを登場させるための役割しかないかもしれない。 

 

 推理小説はあまりネタバレするようなことを書くのはは控えないといけない。あまり事件のことは詳しく書けない。 

 メリヴェール卿は48時間で犯人を逮捕すると豪語したものの、犯人逮捕に3日かかっている。モ―リーンがそこをツッこむやデュロック大佐が卿を弁護する。彼は48時間どころか48分でこの謎を解いたのだ、と。 

 このデュロック大佐の評は嘘ではない。犯人を特定するのに必要な材料のほとんどは前半に描かれている。 

 しかしながら、この犯人を推理するには、アリバイや動機を考えるよりも、その人物像を描かなければならない。実際、メリヴェール卿も本作ではプロファイリングみたいな方法で犯人を特定している。そこはちょっと本作で印象に残ったところだ。 

 群衆の前で姿を消すこと、並びに宝石の山を消すことという不可能興味を掻き立てる謎にはあっけないほど単純な解決が与えられている。どちらも本質的には同じトリックであり、特に目新しいものではない。鉄製の箱に関しては、それがそんなにうまく行くのかいな、一目見て分からないかな、どうして見破ることができないのかな、といった思いも残る。 

 

 かくて物語は大団円を迎える。事件は解決し、ホアンとモ―リーンは結婚することになるし、ビルとポーラ夫妻も安全だ。そのモ―リーンも、メリヴェール卿の中で「マイ・ウエンチ」から「マイ・ドリー」に昇格する。終わりよければすべてよしとしておこうか。 

 

 さて、僕の唯我独断的読書評だけど、まあ3つ星だな。ちょっと冗長なところがあるのと、メリヴェール卿の出番が少ないというか、ここで主人公が登場してほしいところなのに姿を見せないといったもどかしさがつきまとう。事件は魅力的だが、なかなか捜査が進展しているように見えず、膠着している感じに襲われる。要するに読んでいてダレる場面が多々あったということだ。 

 そんなこんなで僕の中では凡作に位置づけられてしまったという次第である。本書が好きだというカーのファンには申し訳ないが、僕の中ではどうも今一つ精彩に欠く感じがしてしまう。 

 

<テキスト> 

『赤い鎧戸のかげで』(Behind The Crimson Blind)カーター・ディクスン(1952年) 

恩地三保子 訳 

ハヤカワミステリ文庫 

 

(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

 

 

 

関連記事

PAGE TOP