2月4日:唯我独断的読書評~『世紀の悪党ども』(2)

2月4日(水):唯我独断的読書評~『世紀の悪党ども』(2) 

 

 リダーズ・ダイジェスト『世紀の悪党ども』の次の8篇を読んでいこう。 

 

9「巨匠クライスラーの”新発見”」(ルイス・ビアンコリ) 

 「愛の喜び」などの作品で知られる、バイオリニストで作曲家のフリッツ・クライスラーは自作曲を、過去の、あまり有名でない作曲家の作品と偽って発表してきた。クライスラーが60歳の時、初めて事の真相が明かされたのであるが、長い間、音楽家も批評家もみなクライスラーに騙されてきたのである。 

 どうしてクライスラーは自作曲を自作として発表できなかったのか。そこにはバイオリニストが直面する現実があり、バイオリニストとして身を立てるための工夫が凝らされていたのだ。いくら技術が優れていようと、才能に恵まれていようと、無名のバイオリニストが世に出るためにはそれだけでは足りないのだ。クライスラーはそこに一工夫持ち込んだと言えるだろうか。 

 もちろん工夫だけでは足りない。その曲が優れたものでなければならないということは言うまでもないことだ。 

 

 

10「海底の黄金」(ウイリアム・T・ブラノン) 

 フランシス・ドレイク卿の莫大な財宝を巡っての詐欺事件。わずかな出資で、この莫大な財産の分け前がもらえるとなれば、騙される人間も多かろうと思う。首謀者オスカー・ハーツェルはかつて母親が類似の詐欺に遭っていた。当時副保安官だったハーツェルはそれに出資した被害者たちに会ったが、彼らは自分が騙されているとは夢にも思っておらず、いずれ何かが手に入るだろうという期待すら持っていた。この時の経験はハーツェルの心に刻印を残した。そして、ハーツェルは騙す側に身がえったのだ。 

 フランシス・ドレイクの財産はイギリス皇室が取り上げたとされている。ハーツェルはイギリス政府に交渉して、その財産を奪回する運動をするという。この運動のために出資者を集い、財産が奪回できれば出資者にも分配すると約束したのであるが、言うまでもなく、これは真っ赤なウソなのである。 

 しかし、長年一つのウソをつきとおすというのもたいへんなことである。これが詐欺であるからなおさらだ。ハーツェルは、何度も危機に遭いながらも、詐欺を続けたのだから、やはり普通の人ではできない気がする。まあ、詐欺師からさらに詐欺で金をだまし取るなどというツワモノも現れるのだが、同じ穴のムジナという気がしないでもない。 

 結局、このフランシス・ドレイク協会は、警察のガサ入れによって、ハーツェルをはじめ首謀者たちが逮捕されるに及んで、終止符を打たれることになった。ハーツェルは精神鑑定の結果、精神病と鑑定され、刑事責任こそ問われなかったものの、精神病院の患者として一生を終えることとなった。 

 

 

11「日露戦争秘話」(ウイリアム・C・ホワイト) 

 ロシアからの亡命者ヤブロンスキー将軍が語るところでは、日露戦争におけるロシアの敗北はすべて一人の日本人によるものであるという。その日本人とはタナマ大尉であり、スパイの疑いがかけられていた人物である。ロシア側は色恋作戦でタナマを国外追放することに成功し、その上、タナマ大尉をスパイとして利用する手に出たのだった。タナマから送られてくる日本軍の機密情報。それは詳細でいかにも本物らしく思われたのだが、ロシア側はその情報は偽物だと判断する。この判断が致命傷となった。タナマから贈られてくる情報はすべて紛れもなく本物であったのだ。 

 最後に編集者による注が付されていて、このタナマ大尉なる人物は存在しないようであるという。どうやらヤブロンスキー将軍(将軍というのも本当かどうか)の虚言であるようだ。 

 

 

12「スパイをスパイしたスパイ」(エドワード・R・F・シーハン) 

 ジェルジンスキー広場にその名を冠しているソ連秘密警察長官ジェルジンスキーとはいかなる人物なのか。見たところロシア人のようであるが、イギリス人のようにも見える。この人物こそ本編の主人公ハロルド・フィルビーである。イギリス統治下のインドに生まれ、イギリス人として、特派員として働くことになる。そのフィルビーがある日いきなり姿を消した。ソ連に逃亡したという説が有力であった。これまでもフィルビーにはソ連のスパイ疑惑があったが、決定的な証拠がなかった。果たして彼はイギリス側のスパイなのか、ソ連側のスパイなのか、それとも二重スパイなのだろうか。事実は、フィルビーはイギリス側のスパイであったが、後にソ連に寝返り、イギリスの機密情報を漏らし続けたのだった。彼はソ連では英雄でありイギリスでは反逆者だった。 

 フィルビーなる人物はスパイを寝返っただけでなく、生涯に4人も妻を持った。僕が思うに、一つの対象との関係に収まることが不得手な人だったのかもしれない。 

 

 

13「悠長な悠長な銀行強盗」(テッド・ホール) 

 ニュージャージー州のメンダムは人口3000人程度の小さな町であった。住民はお互いによく知っており、外部から来た人間は皆から注目されるほどであった。1960年3月に二人組の余所者が現れた時も町民の注目を惹いた。二人は銀行を視察しているようだった。その時から、メンダム銀行強盗計画がなされていると町民たちは確信し、警戒するようになる。しかし、この二人組、何度もメンダムに訪れるものの、何もしないまま、街を去って行き、一向に銀行強盗を働く気配が見えない。彼らが街に来るたびに人々は緊張し、警戒を解くこともできなかった。彼らがようやく銀行強盗を実行したのは、最初に彼らがメンダムを訪問してから実に1年半が過ぎていた。二人は即座に逮捕されたが、何よりもこれでようやく警戒を解除できるという安堵感が町民に生まれた。 

 ウィリアム・レディックとロバート・グローガンというこの二人、どうして銀行強盗実行までそれだけ時間をかけたのかは不明である。小さな町なので、何度も顔を見せるとそれだけ不利になると思われるのだが、彼らはそれをしたのである。しかし、時間をかけた割には計画はズサンで準備も不十分だった。僕が思うに、彼らは自分たちが失敗するという可能性も、すでに住民から不審の目で見られているという可能性にも、まったく思い至らなかったのだろう。つまり、必ず成功するのだから急ぐことはないやって気持ちだったのではないかという気がする。つまり、現実検討力が機能していないということになるか。悠長なのも症状だったのかもしれない。 

 

 

14「銀行爆破計画」(エバン・マクレオド・ワイリー) 

 1961年2月、シアトルの銀行に勤務する女子行員がウォータークーラーの水を飲もうとして思いとどまる。またクーラーに漆喰やペンキのかけらが入っている。一週間ほど前から天井には亀裂があり、上空を飛ぶ飛行機の振動によって、そこからゴミが落ちてくるのだと彼らは考えた。しかし、事実は一人の男が銀行を襲おうと地下トンネルを掘っていたためだったのである。 

 元パイロットのジェイムズ・ウェアートは無職状態にあり、銀行を襲うことを考える。普通の強盗と違って、彼は玄関から銀行に入るという選択肢を取らなかった。駐車場側からトンネルを掘り、金庫の下から金を盗む計画を立てたのだ。1960年10月頃にその計画を立て、ひたすらトンネルを掘り、翌年の2月にようやく強盗をやってのけたのだった。その間に、トンネル堀りの技術を身に着け、ダイナマイトの知識を習得したという。それだけ勤勉ならどこでも職にありつけただろうにとも僕は思うのだが。 

 これもやはり病的なケースに見える。現実検討が機能しないと、最短のルートを選ばないということが起きるものである。趣味や道楽ならそれでもよかろうけれど、一生に関わるような大問題に対してそれをしてしまうところが病的という印象をうける。 

 

 

15「みんなに好かれた悪人」(ベバリー・スミス・ジュニア) 

 1959年、フレドリック・ピーターズは、モリス博士として74年の生涯を閉じた。この人物、ある時はローガン博士と名乗り、ある時はモートン博士と名乗る。1915年以来幾度となく刑務所に出たり入ったりを繰り返した人物であった。ピーターズは、いわゆる肩書き詐欺を繰り返していたのだが、誰もがその肩書を疑わなかった上に、彼は常に少額の詐欺を働いてきたのだった。 

 それはこんな具合であった。ある時、ピーターズはアメリカ平和協会のR・A・コールマンと名乗って銀細工師を訪れた。協会は国立大寺院に奉納するために銀の聖餐杯を求めていると言い、コールマンは長い時間をかけて聖杯を選んだ。コールマンはさらにいくつかの注文をして、総計240ドルを250ドルのアメリカ平和協会の小切手で支払った。コールマンは10ドルの釣銭を受け取る(この10ドルが詐欺被害額となる)。しかし、その小切手は支払を拒否されて戻って来たことにより、この彫刻師は騙されたことを知るのであった。それでも彫刻師はコールマンに対してなんの遺恨も抱いてなかった。彼はコールマン、つまりピーターズに魅了されたのである。 

 ピーターズという男は優れた記憶力を持ち、たいへんな読書家であった。何よりも、彼は、学者にでも収集家にでも、どんな肩書の人間になることができた。それに必要な知識を叩き込み、どんな役柄でもこなし、騙された側も彼の嘘が見抜けず、彼がでっち上げた肩書をそのまま信用してしまうのだった。しかも、刑務所に服役中に15000冊の蔵書を抱える図書館を、言葉巧みな話術を用いて、一人で作り上げたという特異な業績も残している。 

 こういう人物はかなり分裂病的である。しかし、分裂病者とも言えないところがある。むしろ分裂病質と言った方が適格であるように思う。つまり、精神病というよりもサイコパス的であるわけだ。彼はどんな肩書の人間にもなりすますことができる。これは自己が希薄であることを物語っているようにも思う。また、知識の吸収が早いことと記憶力が抜群であることは、ある意味では自我が十分に機能していないのではないかと思う。全ての知識をスポンジのように吸収するかのような記憶力とか、新たな記憶が以前の記憶に妨害されることなく蓄積されるとか、やはり健常的とは言えない気がするのだ。 

 

 

16「巨人の謎」(アンドリュー・D・ホワイト) 

 1869年秋、カーディフの小村の近くで巨人の化石が発掘されたことで大騒ぎとなった。農夫が井戸を掘るときに発見されたと言う。近隣の先住民の伝説には巨人にまつわるものがいくつもあり、この石造は巨人が石化したものだと信じる者も現れた。調査に携わった 

科学者たちもこれは本物の巨人だと太鼓判を押す始末。そうして巨人を一目見ようと方々から人が集まる。農夫ニューエルが巨人を見世物にした入場料の上がりをハルという男に送金したが、それに対して何らの返答もないことから、これが大がかりなインチキであることが明るみに出る。 

 この像のいきさつが失笑をかう。それはアイオワ州で巨大な石膏が発見されたことに端を発する。この石膏を運ぶ途中で馬車が壊れたので、石膏の一部を切り取ることになった。それがシカゴに運ばれ、ドイツ人の石工の手で彫刻されていったのだが、尺が足りないため(切り取られたため)、手足を曲げざるを得なかったという。こうしていかにも苦悶するかのような姿勢の石像が完成したのだという。本書には巨像の写真が載っているが、手足を曲げ苦悶しているかの姿勢がリアル感を醸し出しているのだけれど、それが単に尺が足りなかったためだったとはね、なんとも偶然の悪戯だ。 

 首謀者のハルはどのようにしてこれを思いついたのか。それはメソジスト派の運動家と議論をしている時だった。聖書に出てくる巨人の話をしてハルは運動家をからかったのだが、運動家とその仲間たちもみな巨人を弁護したのだ。多くの人がそんなものを信じていることに歓びを見出したハルは、アイオワで見つけた石膏を巨人に彫刻して、巨人の化石だと触れ込んで彼らを騙してやろうと思いついたのだそうだ。そうしてハルの目論見はまんまと大当たりを取ることになったわけだ。 

 

 以上第9篇から第16篇までを読んだ。こういう話を読むと僕はいつも思う。人間は実にいろんなことを考えるものだ、と。 

 

(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

 

 

 

 

 

 

 

 

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