<テーマ127> 追い込まれる「加害者」(1) 

 

(127―1)DV概観 

(127―2)DV関係のパターン 

(127―3)「弱い加害者」事例~DVに至るまで 

(127―4)「弱い加害者」事例~騒ぎが大きくなる 

 

(127―1)DV概観 

 DVとは二人の人間の間で生じるものです。この二人は、一方は「被害者」と、他方は「加害者」と見做されます。ただし、これらの言葉は一つの場面における両者の立場や役割に関して述べた言葉であり、両者を区別するために便宜上用いているだけであります。あまり固定的にお考えにならないようにお願いしたいのです。 

 ある行為がDVであるかどうかということは、「被害者」の意見が尊重されることが多いようです。「加害者」がいくら「それはDVではない」と主張しても、「被害者」が「DVだ」と主張すれば、そちらの方が通っていくことになるようです。 

 DVは暴力や暴言とった特定の行為が両者間で見られる場合に用いられることが多いので、しばしばDVとは行為を指す言葉であるかのように捉えられているように私は感じております。しかし、DVとは一つの関係の在り方であり、DV関係が築かれている所にDVが生じているというのが私の見解なのです。先にそういう関係が築かれているという例が、私の体験した限りでは、多かったのです。 

 そして、詳細に関係を見ていけば、「加害者」と「被害者」はその役割を交互に換えながら、最終的な部分で「加害者」「被害者」が決定されていくという印象を私は受けます。そして、その最終決定になった「役割」は、その後も維持され、両者の関係において覆されることは稀であるとも感じております。 

 

(127―2)DV関係のパターン 

 カウンセリングにはDVの「加害者」立場の人も「被害者」立場の人も、どちらもが訪れます。また、「加害者」が男性であるとも限りません。 

 しかし、カウンセリングに訪れるのはある種の「加害者」であり、あるタイプの「被害者」であるということにも私は気づいております。 

 適切な言葉ではないかもしれませんが、ここで、「(立場上)強い」「(立場上)弱い」という言葉を用います。 

 この概念を用いれば、「加害者」には「強い加害者」と「弱い加害者」が区別されることになります。同じように「被害者」も「強い被害者」と「弱い被害者」を分けることができます。 

 両者が結合する場合、その結合パターンは次の四つのどれかを形成することになります。 

一つ目は「強い加害者」と「強い被害者」の組み合わせです。私はこの組み合わせをほとんど見たことがありません。これはDVというよりも、もはや全面戦争を展開しているという関係になっていることでしょう。 

二つ目は、前者とは真逆で、「弱い加害者」と「弱い被害者」の組み合わせというものです。やはり、この組み合わせも私には稀なのです。もしこのような関係があるとすれば、かなり目立たないと言いますか、表面化しないで水面下でのDVが行われているのでしょう。 

しかし、DVというものは、基本的に「強者―弱者」、あるいは「支配者―服従者」の関係に基づいていると私は見做しておりますので、上記のような組み合わせでは、DVではなく、もっと他の問題を展開しているだろうと思います。 

三つ目は、「強い加害者」と「弱い被害者」の組み合わせです。この関係において、カウンセリングを訪れるのは、「弱い被害者」の方です。なぜなら、この場合、「被害者」はたいへんな恐怖感と無力感に襲われていたりするからです。何も言えない「被害者」なのです。 

 四つ目は「弱い加害者」と「強い被害者」の組み合わせです。この関係において、カウンセリングを受けに来るのは、むしろ「加害者」の方なのです。この関係にある「被害者」はカウンセリングになかなか姿を現さないか、全く関与して来ないかのどちらかなのです。 

そして、本項で取り上げたいのは、この「弱い加害者」立場の人のことなのです。 

 カウンセリングには「加害者」も「被害者」も訪れると述べましたが、そのどちらであろうと、立場的に弱い立場にある人が来ることが多いという印象が私にはあるのです。 

 もちろん、二人の人間が状況に応じて、「強い加害者―弱い被害者」関係を築いたり、「弱い加害者―強い被害者」関係に置かれたりするものです。いずれにしても、DV関係とは、決して対等にはならない関係であると私は捉えております。 

 

(127―3)「弱い加害者」事例~DVに至るまで 

 一回のDV行為がどの時点から開始しているかを特定することは難しいものです。大抵はその結果、つまりその行為が行き着いた結果しか分からないし、その部分だけでDVであると決定されていることも多いかもしれません。 

 次に挙げるのは、あるDV「加害者」の例です。でも、この例は特殊なものではなく、むしろかなり頻繁に見られるパターンでもあります。 

 二人は夫婦で、「加害者」は夫でした。その日、夫はいつものように仕事を終え、真っ直ぐ帰宅したのでした。「被害者」となる妻もまたいつものように夫を迎え入れたのでした。少なくともこの時点ではまだ何事も表面化しておりませんでした。 

 食卓を見た夫が「なんや、まだ夕飯できてないのか」と訊きます。妻に警戒信号が生まれます。夫の言い分では、食卓を見て、まだ用意ができていないようだったので、ただそう尋ねただけだと言うのです。何も非難めいたことを言ったつもりではなかったと後で述懐しています。でも、妻の方はそれ以上の意味に受け取ってしまったようです。恐らく、自分が非難されたように体験したのでしょう。夫の何気ない一言、悪意のない一言が先にあって、それが妻の内面の何かに触れているのです。 

 それでも、その場では妻は何も言わず、いつもそうしているように夫の上着をハンガーに掛けようとします。妻は「タバコ臭いわね」と夫に言うのです。夫は玄関前で一本喫ったのだと答えます。ここで妻は怒って「約束を破った」と言って、夫を糾弾し始めるのです。 

 これまで妻は夫の喫煙に耐えられない思いをしていました。何度も夫にはタバコを止めてほしいと訴えていました。ある時、タバコを喫わないという約束を両者で交わしたそうです。ただ、夫の方は、それは「家の中では喫わない」という約束だと受け取ったようです。約束を交わした時、両者間で何らかの食い違いがあったのかもしれません。いずれにしても、夫の上着がタバコ臭いということは、妻にしてみれば、見方によっては、絶好の機会であったのです。つまり、夫からの最初の刺激(「夕飯はまだか」)に対しては反応できなかったのですが、ここで妻は反応の糸口を見出したことになるのです。 

 夫が約束を破ったということで妻は怒り始めます。そして夫が過去において、いかに自分との約束を反故にして、自分をないがしろにしてきたかを、半ばパニックに陥りながら喚きたてます。 

 吃驚りしたのは夫の方でした。夫は「ちょっと待て、勘違いしている、落ち着いて話し合おう」と妻を宥めようとするのですが、妻はヒステリーのようになっていて、埒があきません。妻はますます騒ぎ始めます。 

 夫は「とにかく落ち着け」と、妻の肩に手を置いて、抑えようとします。しかし、これを契機に妻はさらに逆上したのです。これはなぜかと言うと、この時点で、妻には普段の夫の姿が見えていないからです。その時の妻には、約束を破る悪い夫、忌み嫌う姿の夫が見えているはずでした。そして、そういう嫌悪する対象から触れられたということで、さらに暴れるのです。場合によっては、この時点で「夫が手を上げた」と訴える「被害者」もあるのです。 

 本当なら、そういう場合は相手に触れない方が望ましいのですが、夫はそういうことを知りませんでした。妻を宥めようとすればするほど逆効果になっていきます。妻はますます夫に罵詈雑言を浴びせます。 

 そして、遂に限界が来たのか、夫は「黙れ!」と一喝して、妻の頬をぶつのです。妻はよろめいて壁に頭を打ちます。 

 妻は「頭を打った。病院に行って診てもらう」と言います。その時、夫にはそれが非常に大袈裟だと感じられ、何とも言えないような不快な感じがしたと述べています。 

 そうして本当に病院に行った妻は、そこで何らかの診断を貰ってきます。その時の妻の言い分は「怒りに燃えた夫から殴られて、その勢いで壁に頭をぶつけた」ということになっていたのでした。こうして妻は夫がいかにひどい人間であるかということを証明していくのでした。 

 もし、丁寧にこのいきさつを見ていくなら、最初に怒っていたのは妻の方ではなかっただろうかということが窺われるのです。「夕飯はまだか」の一言で怒りを感じ、タバコの件でそれを露わにしたのは妻の方だったかもしれないのです。「かもしれない」と言うのは、私がその現場を見たわけではないからです。夫から話を聴いた限りでは、彼自身はその時点では怒りを覚えていなかったということでした。 

 いずれにしても、最初は妻の方が怒っていたのに、いつの間にか、夫の方が怒っていたということになっているのです。そして、妻の方が怒っていたのではないかという部分は見えなくなっているのです。この流れはDV関係ではよく見られるもので、これに関してはいずれ述べることができればと思っています。 

 さて、この男性はDVの「加害者」ということになっていったのです。長々と述べてきましたが、実はこの話はここで終わるのではないのです。むしろここから始まるのです。 

 

(注:本項長文でありますので二回の分載します。続きは次項に引き継ぎます) 

 

(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

 

 

 

 

 

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