<T025-24>文献の中のクライアントたち(24)
引き続きカーンバーグの論文より、ケースの抜粋並びに論文中で触れられているケースも記載する。
(cl93)17歳高校生男子 反社会的パーソナリティ
(cl94)20歳を過ぎたばかりの女流画家
(cl95)17歳男子
(cl96)17歳女子
(cl97)17歳女子
(cl98)19歳男子
(cl93)17歳高校生男子 反社会的パーソナリティ
17歳の高校生が両親に連れられて受診。
clは平均以上の知能指数を示しているにも関わらず、ずっと学業成績が振るわないこと、勉強・職業について積極的にやっていこうという気持ちが欠けていること、自分の望みを両親がすぐに満たしてくれないと癇癪を起して暴力に及ぶこと、両親を脅すことが受診の理由であった。家の中ではclは手当たり次第にモノを投げつける。そういったことが数年に渡る間に両親はclに反対することを恐れるようになっていた。
clは同胞5人の長子であった。弟や妹が持っていて自分が持っていない全ての物に対して強い妬みを抱いた。
clが今まで行った嘘や盗み、反社会行為を両親は、非常に嫌がりながらも、thに十分な情報を提供した。両親はclが家で盗みを働いていることを知っていたけれど、それについては情緒的反応であるという説明をした。また、両親はclを「汚染」している「悪友」のことを非常に問題にしていた。
学校カウンセラーはclについて報告している。非常に怒りっぽくて、猜疑心の強い若者と考えられており、消極的でこらえ性がなく、すぐに達成できそうもない仕事はたちまち放棄し、努力することなく大成功を得ようと高望みしている、と。しかし、thにはそのようなclの姿を認めることは困難であった。clは、周囲の人を脅して要求を通そうとする時以外は用心深い、孤立した若者に見えた。
thとの面接では、clは用心深く、曖昧で、よそよそしかった。thの態度に「脅し」が含まれていないとclが感じた時、彼は表面的ながらも親しさを示すようになった。clはまったく自由に、いくぶん気に入られるように、表面的に、そして本質的には熱心でない語り口で話した。
父親は要求水準が高く、困難な仕事をこなしていた。一方でclの反社会的な行為はあからさまに正当化する傾向があった。この矛盾を探っていくと、父親と母親との間の緊張が高まっていった。息子に屈服し、しっかりした躾をしなかったと母親は父親を非難し、自分は息子のことを気遣っていると語る。
thにはclの社会的生活について明瞭なイメージを描くことが困難であった。スポーツカーを乗り回したり、パーティーや飲酒にしか興味を示さないように見えた。麻薬はやっていないと言うが本当のことを言ってないようだった。表面上、彼は不安定で受け入れられないことを恐れていたけれど、その底には彼の反抗と自己確信のひそやかな兆しをthは見出していた。
心理士による心理テストの結果では、重篤な性格病理が示されており、精神病的所見は見出されなかった。
PSWによると、両親の慢性的な夫婦間葛藤がclに関する争いにも関係していると考えられており、父親はclに多くを要求する一方で彼の反社会的行動を大目に見ていたが、おそらく他の生活場面においても多くの窃盗や恐喝が行われていただろう。
母親は自己愛的に息子から引きこもっており、自分自身のことに心を奪われているように見えたけれども、事態の重大さには父親よりもハッキリと気づいており、今進行していることはどうにもなし得ないという怒りを感じていた。
このclに対してのthの診断は、反社会的特徴をもつ自己愛パーソナリティであった。
反社会的行動があるために、治療手順の一部として、外的社会構造と社会的フィードバックが絶対に必要であるとthは考えた。最終的に家族全員を対象とする家族療法と、それとは別にcl個人の積極的精神療法を勧めた。そして、全寮制の学校へ移るとか、それと同等の何らかの方法で、clの生活にある種の枠をはめることから治療を始めるべきだと勧告する。
家族はthの勧告をまったく受け入れようとしなかった。仕事や勉強についてclがどのような計画を持っているのかを考慮することなく、家から離れて、他州で長期滞在する援助を父親は与えた。また、父親は他の数名の精神科医にも相談し、最終的にclに対して楽観的態度をとるようになった、治療を続けるよう息子に圧力をかけるよりも、「こうしたすべてのことから抜け出して成長する」チャンスを息子に与えることを父親は望んだ。
2年後の追跡調査では次のことが分かった。
clは裁判に訴えられており、父親の助けを求めて帰宅していた。彼は麻薬を扱う二つのグループ間の抗争に巻き込まれていた。
この時の精神医学的評価では、2年前と比べて、clはずっと自信に満ちており、周囲に対しては軽蔑的で高慢な様子が見られた。そして、clは犯罪を重ね始めたという印象を与えた。対象関係は相変わらずであった。
thは最終的に反社会的パーソナリティとの診断を下した。
(17歳での最初の受診時にすでに反社会的傾向が顕著であったclだが、2年後には反社会的パーソナリティと診断されるまでに至るケースだ。ここでは父親がclの治療を妨害していることになる。父親の選択はむしろclの問題を助長するようなものであると思う。
この父親が僕には興味深い。父親はclの反社会的行為を正当化し、大目に見るということをしている。ユング派なら、clは父親の影であると考えるだろうと思う。父親の影の部分をclが体現しているからこそ、父親はそこに関わりたくなくなるだろうと思う。父親の正当化も大目に見る行為も、関りを回避するものであるように僕には感じられる)
(cl94)20歳を過ぎたばかりの女流画家
clは、自己愛パーソナリティ、多種にわたる薬物嗜癖、同性・異性とりまぜての乱交、肥満といった問題を抱えていた。
clは治療状況をコントロールし、治療を自分の目論見のために利用し、外からのコントロールや監視(clはこれらを屈辱的なものとして体験した)から逃れようと絶えず務めていた。これらの努力は家族からの支持を与えられていた。
clは「対決的」な治療者を嫌った。clの言葉を受けて、家族は主治医を交代させるように圧力をかけた。そして、家族の要求にもっとも従順であると思える治療者を選び、この治療者へ主治医を交代することを病院当局に認めさせた。
その後も、clも家族も、最高に快適で、罪意識が最小になるようにするために、すべての治療設定に家族が口出しするようになり、治療状況は台無しにされてしまった。
退院して2,3か月後、薬の多量服用と、おそらくは自殺企図によって、clは死亡した。
(家族が治療に口出しして、治療構造をぶち壊して、治療を無化してしまったというケースだ。clもその家族も外的な枠構造に適応することが困難であったとも考えられる。そのために外的状況を支配し、コントロールしなければならないのだろう。
病院側はclの要望並びに家族の圧力に屈した形になる。ここはむしろ治療を拒否した方が良かったかもしれない。つまり、病院側の方針に従えないのなら他所へ行けということである。結果的にその方が良かったのではないかと僕は思う次第だ。
退院して2,3か月後にclは死亡してしまう。自殺の可能性が高そうであるが、決定的なことは分からない。治療構造は、このclにとっては苦痛に満ちたものであったかもしれないが、このclにはそうした外的な統制下に置いた方が良かっただろう。当人には多くの制限として体験されるだろうが、自己統制が効かないという機能低下した自我を補助することになっただろう)
(cl95)17歳男子
clは有力政治家の息子。家では絶えず癇癪を起し、父親の威圧するような振る舞いに反抗していた。その一方で、彼は父親の権威的態度と自身を同一化し、父親の影響力を利用した。自分の望みが満たされないとき、父親の力で仕返ししてやると大人たちを脅そうとした。同時に、自分の家が裕福であることを利用して、快楽に集中する生活を、表面的であるが、知的に合理化された似非哲学的生活様式に転換した。
(以降は非常に短い記述であり、詳細は不明であるので、どう考えていいか分からないところが多い。
この例では、clは自分の問題維持のために父親の権威を借用しているということになる。父親に反抗的であると同時にその権威とは同一化しているというのは矛盾が感じられるかもしれない。自己が分裂しているという印象を僕は受ける。
知的に合理化された似非哲学的生活様式なるものがどのような生活であるのか具体的には不明である。思考の怠惰とか、あるいはなんらかお思考障害が伴っているのかもしれない)
(cl96)17歳女子
clはボーイフレンドと喧嘩をして、銃で大怪我を負わせた。彼女の父親も粗暴な気性の持ち主であった。事態が悪化しそうな時、「お父さんはテーブルをゲンコツで叩いて厄介なことを解決できるんだ」と彼女は誇らしげに述べた。娘を法から逃れさせたいという父親の望みが叶えられなかった時の、精神科医や治療機関への父親の脅しの方がもっと脅威的であったろう。
(ボーイフレンドと喧嘩をするのは分かるとしても、銃で大怪我を負わせるというのは行為としては過剰である。これは抑制の利かなさを示しているものである。この傾向はclの父親にも認められることである。どちらかというと父親の方が激しいようである。clはこの父親に否定的同一視をしていることになる)
(cl97)17歳女子
clはパートタイムで売春を行っており、母親と共謀して治療を中断した。病院の外に出るまでは「良い子に振る舞う」ことを彼女は母親と約束した。母親は娘を退院させるためにすべての人に圧力をかけ、無駄金と考えている娘の治療費をそれ以上支払い続けることを止めることに成功した。
(治療を妨害し、治療を失敗に導き、尚且つ中断させる母娘だ。ここには娘と母親との共謀関係が見られるわけだが、この共謀は母親が娘を「のみ込む」形で生まれたのだろうと僕は思う。そのために娘の人格は貧困になると思う。娘が売春で稼いでいるというのは、例えば職業的な理想や同一化がなされていないことを伺わせるからである)
(cl98)19歳男子
clは自己愛パーソナリティと反社会的特徴を示していた。もし、両親が車を買ってくれるなら治療を続けてもいいと彼は主張した。父親は車を買い与えようとしたが、thは、それは金を与えることでclの問題を処理してきた従来のやり方の続きになるという懸念を伝えた。clは家族をそれ以上利用せず、thの治療勧告にも従ったけれども、thが提示した治療契約を受け入れる気は無いということが明らかとなった。thは、異なった手段で治療する医師を訪れるか、困難な生活状況に対処できるように両親だけで面接をしていくかという選択を家族に求めた(家族は後者を受け入れた)。二年間、家族に対して支持的関係がもたれ、息子が家族に及ぼしてきた万能コントロールを最終的に取り除くことに成功した。彼がなした反社会的行為の結果に息子を直接にさらすことで、治療の必要性を彼に納得させることができるようになった。
(このケースは、家族がclとの共謀から離れ、治療と結びついたことで事態が好転したものであると考えられる。家族のclとの関り方が変わると、言い換えればその共謀関係が成立しなくなると、子供にも変化が生まれるのであるが、これは自動的に子供が良くなるということではなくて、子供に自身の治療の必要性を認めさせることが可能になったということである。ここはよく見極める必要があるところだと思う。また、そこに至るまでに2年間を要したということも注目したいところである。2年間は、このような治療構造では、比較的短い方だと僕は個人的に感じている)
(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)