7月20日(日):書架より~『心理学入門』(ゴノボリン著)(3)
第5部は「人格の個人的―心理学特性」と題して、4つの章から成る。
「第16章 人格の傾向」
心理学的傾向が人格を特徴づける。人格の傾向は欲求の影響を受けて形成される。
欲求は生物学的欲求と社会的欲求とに分けられる。後者には精神的欲求や文化的欲求も含まれ、精神的欲求には知的欲求と審美的欲求とが含まれる。その他、労働欲求なども含む。社会的欲求は人間に固有のものである。
欲求に基づいて興味が起き、興味の対象へ注意を向け、活動への志向すなわち性向が生まれる。性向には直接的と間接的とがある。興味は視野の拡大と知識獲得を可能し、活動の過程で興味は性向に変わっていく。
興味には内容と深さを認めることができる。興味の深さは人間の全体的発達や知能に結びつく。また、興味の広さは人間の精神生活の豊かさや知的関心の多様性を表す。もう一つ、興味は実効性を持ち、成長し、発達する。興味はそれを維持する努力を怠ると弱まっていく。
そうして得た知識は、信念にまで高める必要がある。それはその人の世界観となり、理想となる。
「第17章 気質」
気質とは、人間の個人心理学的特性の総体を言う。ヒポクラテスの4気質説。パブロフの神経系における3つの法則、即ち、神経系の強さ、興奮過程と制止過程の均衡、神経過程の易動性、それぞれに関する法則。これらの法則の組み合わせから4つの神経系の型ができるが、それはヒポクラテスの4気質説に通じるものである。
気質にも個人差があり、同じような気質を有する人でも非常な差異がある。また、どの気質にもそれ特有の良い面と悪い面とがある。気質が生得的であると言っても、生活条件、活動、教育、自己修養によって変えることができ、悪い面を改善することができる。
「第18章 性格」
社会の成員である人間の本質的で安定した心理的特性、つまり、現実に対するその人間の態度に表れ、その人間の行動や行為を特徴づける心理的特性の総体を性格という。性格は人間に固有な人格特性を決定する。性格とは人格の個性である。
気質は性格の基礎ではあるが、性格を決定するのは、生活や活動の過程で獲得される一時的神経結合とその複雑な体系の特性である。
性格特性として、知的特性、情動的特性、意志的特性とが区別される。このうち、人間の性格において大きな役割を果たしているのは、意志的特性であり、精力、活力、勇気、決意、根気強さ、自主性、一貫性などと関係している。
自分の性格を変えることは自己完成に努めることである。そのために必要なのは、よい自己に変わろうとする決意と、その目的に向けられる具体的行為であり、必要な行動の多数回にわたる反復である。労働は、つまり活発な活動は、好ましい性格特性を形成する重要な条件の一つである。
「第19章 才能」
才能とは、人が知識、能力、技能を獲得するのを容易にし、任意の活動への取り組みを成功させる心理的特性である。才能には一般的と特殊的とがある。天才とは優れた才能の組み合わせであり、創造的活動のできる人である。また、才能は肉体的労働面でも現れてくる。
後に才能に発達する素質を人間は持って生まれる。ただ、この素質は多義的である。ある才能の発達が可能かどうかは、素質に基づいた活動をし、それに相応しい条件が存在する時である。素質は潜在的可能性である。
才能発達の条件は、活動への欲求を育成すること、真面目に働くことである。また、才能は人格の他の特性と結びついており、特に高い水準の認識過程が決定的な役割を果たす。
続いて第6部は「人間の労働活動」と題して、2つの章から成る。労働へとテーマが移行していく。
「第20章 活動の基本形としての労働」
労働は人間と自然との間の一過程である(マルクス)。人間の労働は社会的性格を持っている。労働には創造的性格がある。
創造性とは、仕事上の課題に対してなんらかの創造的な解決をすることである。労働が創造的性格を持つためには、理想が必要であり、物事に対する関心とそれを行おうとする努力も必要であり、知識や想像することも不可欠である。そして、それに相応しい才能も必要である。
どのような仕事でも困難を避けるわけにはいかず、それを克服してはじめて人間は成長し、精神的な力と身体的な力を強めることができる。
「第21章 技能・能力・習慣」
人の行為・運動は訓練によって技能へと高められる。技能は労働を軽減し、創造的活動の可能性を開いてくれる。技能は、運動性技能、感覚性技能、知的技能、混合的技能に分類することができる。
技能には転移と干渉とが認められ、前に獲得した技能が次の技能形成に正の影響を与える場合は技能の転移といい、負の影響を与える場合は技能の干渉という。
技能は反復的な練習によって身に着く。また、技能は能力と区別されなければならない。能力とは行為遂行への準備性であり、技能は活動の自動化された要素である。
技能と同じように反復して身に着くものに習慣がある。技能は何らかの活動を遂行させるが、習慣は人がその活動をする気を起させるものである。技能は有益か中性的なものになるが、習慣には有害なものとなることがある。有害な習慣を持っている人はそれと絶えず戦うことになってしまう。有益な行為を反復し、悪い行為は避けなければならない。
僕の印象では、第4部と第5部が著者あるいはロシアの望む人間像であり、第6部はその実践に関するものである。続く第7部は実践の具体的場面に関するものである。第4部以降、徐々にロシアの社会主義・共産主義的な色彩が濃くなってきているように思う。特に第6部などはそうだと思う。僕自身は共産主義は、その思想そのものは間違っていないし悪いものでもない、という信念を有しているので、特に抵抗なく読むこともできたが、人によっては反感を覚える記述に遭遇することがあるかもしれない。
本書は心理学者の乾孝が推薦のことばを寄せている。それを抜粋しよう。
「心理学を教えていて気になるのは、マスコミで流布された『心理学』についての偏った『常識』が、心理学を学習したことのない若者たちの間に広く根を下ろしていることです。その多くは、こんにちの欠点だらけの世の中に『適応』するための小手先の技巧としてしか役立たず、ともすれば人間を見失いがちな歪みを持っている」と言う。そして、まじめに学習しようとする人たちの間でも、いつの間にか思い込んでしまっている『心理学』的常識が邪魔をするという訴えも聞くという。
僕も乾氏に同感である。現代では、マスコミだけでなく、SNSなどで広まっている「心理学的常識」というものもある。それは必ずしも正しくないものも含んでいると僕は思う。でも、そういうものに触れているうちに、それを信じてしまうということも生じる。心理学を専攻した人でも素朴にそれを信じている人もある。
日本と異なる主義を背景に持つ心理学を学ぶことは、僕にそこからの脱錯覚の体験をもたらしてくれるように思える。そういう意味でも、共産主義に対する個人的感情を脇に置いてでも、本書を読んでみることは価値があると思う。
(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

