11月29日:ミステリバカにクスリなし~『シニョール・ジョヴァンニ』 

11月29日(土):ミステリバカにクスリなし~『シニョール・ジョヴァンニ』 

 

 ドミニク・フェルナンデス著『シニョール・ジョヴァンニ』を読む。これは昨日古書店で買ったうちの一冊である。本書の初版は1984年に発刊されているが、その当時、中学生の僕はこの本が書店に並んでいるのを覚えている。薄い本で、読みやすそうにも思えたから、買おうかと思ったこともある。結局、あの当時、これを買うことなく、そのまま現在まで縁がなかったのだ。 

 あの時、手を伸ばしかけていながら読まずに終わった本とこうして巡り合うのも何かの縁。読んでみることにした次第である。むしろ、あの当時、この本を読んでいたら、僕の人生も少しは違ったものになっていたかもしれない。大げさに聞こえるかもしれないけれど、一冊の本と出合うか出会わないかで人生が変わるということは十分に起こり得ることなのだ。 

 

 本書は有名なドイツの美術史家ヨーハン・ヨアヒム・ヴィンケルマンの殺人事件を扱っている。1768年に起きた殺人事件を、20世紀に新たに解釈しなおすという主旨である。作品は二人の登場人物の対話という形で進展する。 

 ヴィンケルマンはドイツに戻る途中にイタリアに寄ったのだ。トリエステに一週間滞在している。ホテル「オステリーア・グランテ」10号室にヴィンケルマンは泊まっており、隣の9号室に宿泊していたアルカンジェリと親しくなる。このアルカンジェリが後にヴィンケルマンを殺すことになるのだ。 

 その前に、ヴィンケルマンはここでジョヴァンニという偽名を使って宿泊していた。シニョール・ジョヴァンニと呼ばれていた。有名な美術史家であることは伏せられていた。また、皇后マリア・テレジアから送られた金銀の記念碑を持ち歩いており、彼はそれをアルカンジェリに見せている。 

 事件は、アルカンジェリがもう一度その記念碑を見せてほしいと頼んだ時に起きた。彼は絞殺用の紐と刺殺用のナイフを携行していた。そこで乱闘が始まり、ヴィンケルマンは首を絞められ、7か所も刺されて絶命する。最初に駆けつけたのはホテルの給仕アンドレ―アだった。 

 アルカンジェリは逮捕され、裁判にかけられ、死刑となる。事件はアルカンジェリの強盗によるものであると判断される。著者フェルナンデスは、200年近く信じられているこの通説に批判の目を向け、新たな解釈を試案するわけだ。 

 

 ヴィンケルマンという人はヨーロッパではたいへん有名な人であったようだ。貧乏な家に生まれ、苦学の末、美術史家として多くの著作を残している。そんな著名な人物が、51歳とは言え、人生の最盛期とも言える時期に、一介の強盗によって命を奪われたのだから、当時もすごいセンセーショナルな事件だっただろう。1971年になって、犯人であるアルカンジェリの裁判記録の全貌が出版されるなど、未だに人々を惹きつける事件だったのだろう。本書では、その裁判記録にも多くを負っている。 

 著者フェルナンデスは本書を学術的な目的で書いたのではないだろう。小説として、ミステリとして、エンターテインメントとして書いたように思う。ミステリのジャンルに「歴史もの」というのがあるのだけれど、その歴史ミステリーの一冊としてとらえる方がいいだろう。 

 本作はミステリ小説として読まれなければならない。真面目な学術書として読むことは慎まなければならない。というのは、著者が自説の根拠として、あるいは証拠として挙げている事実には偏向があるように感じられるからである。そのことは差し引いておくとしても、本作には精神分析的な解釈が随所でなされているが、その種の解釈が要注意である。実際にその人物に会って、話を聞いてなされた解釈とは異なるのである。資料に基づいてなされる解釈である。この違いに留意する必要がある。それはちょうど、フロイトがシュレーバーの症例を分析したように、残された資料や書籍だけに基づく解釈には誤りがつきまとうのである。 

 本作の推理(というか分析)でも、象徴的な解釈が随所に見られる。それからたどり着く結論は、ヴィンケルマンには同性愛の傾向があったということである。男色家だったということである。そうなると、アルカンジェリは強盗のためにシニョール・ジョヴァンニを殺したという動機は正しくない、もしくは十分ではないということになり、性にまつわる動機があったのではないかという推理が可能になってくる。もちろん、僕はこの推理は信じない。 

 同性愛は、当時は上流階級だけに認められる特権だった。同性愛は、一般庶民がそれに走れば罰せられるのだが、特権階級の人たちは刑罰から免除されていた。アドラー風に解釈するなら、ヴィンケルマンに同性愛傾向が見られたとしても、彼が独身であったことがそれに関係するとしても、彼が求めるのは同性愛ではなく、それが認められる権力だということになる。この権力をアルカンジェリに振るったことが事件の動機となったという解釈も成り立つのではないかと僕は思ってしまう。 

 

 しかし、まあ、僕の解釈などはどうでもよいとして、本作は読むとそれなりに面白い。純粋に謎解き興味に満ちている。読むと、読者の知的好奇心も満たされるだろう。ミステリ好き意外にも、美術に興味のある人も、精神分析に興味がある人も、本書は面白く読むことができるのではないかと思う。 

 

 僕の唯我独断的評価は3つ星半といったところだ。もう少し分量があって、しっかりした裏付けなどを提示して、より詳細に分析・推理されたら4つ星を進呈していたかもしれない。 

 

<テキスト> 

『シニョール・ジョヴァンニ』(Signor Giovanni)ドミニク・フェルナンデス著(1981年) 

 田部武光 訳 

 創元推理文庫 

 

(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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