11月26日:ミステリバカにクスリなし~『緋文字』 

11月26日(水):ミステリバカにクスリなし~『緋文字』 

 

 『緋文字』といってもナサニエル・ホーソーンのではなく、エラリー・クイーンの方だ。ホーソーンのからおよそ100年後に刊行されたクイーンの長編小説だ。 

 

 本作はほとんど5人の登場人物だけで織りなされている。 

 まず、主人公であるエラリー・クイーンだ。作者と同姓同名の主人公で、推理小説作家であり「EQMM」の編集者であるところまで同じだ。違うところと言えば、実際に事件を解決することと、父親が警視であることくらいだろうか。 

 続いてエラリーの秘書のニッキー・ポーターだ。優秀な秘書だが、時折、エラリーを困らせたり、上手く操ったりする。いくつかの作品に登場するが、髪の毛の色などで違いがあったりする。ちょうどシャーロック・ホームズに登場するワトソンのファーストネームに矛盾があるなどと同じで、ファンはそういう作者のミスにやたらと目が向くようだ。僕はどちらでもよいと思っているのだが。 

 続いて、本作の主要人物であるローレンス夫妻だ。妻のマーサ・ローレンスがニッキーと親友であったことから、エラリーはこの夫妻の事件に関与することになってしまう。マーサは演劇の演出家であり、その分野ではそれなりの名を博し、けっこうな財産を蓄えるまでになっていた。夫のダークを深く愛しているのだが、不倫をしてしまう。 

 ダーク・ローレンスは、マーサの夫であり、小説家である。推理小説を書いた縁で、エラリーとも面識があった。たいへん嫉妬深く、逆上すると手に負えなくなる。マーサの浮気を疑っており、少しでも疑わしいことがあれば、暴力であれ暴言であれ、とかく荒れ狂う。小説家としても行き詰っている。エラリーは優秀な秘書を雇えと勧め、一時的にニッキーを秘書として貸し出す。ニッキーは、ダークの秘書であり、マーサとは親友であり、彼ら夫婦のスパイであり、エラリーの密使である。ニッキー・ポーターの出番が多いのも本作の特徴である。 

 最後にもう一人物。俳優のヴァン・ハリスンである。かつては売れっ子の俳優だったが、今はそれほどでもなく、たまにテレビや舞台に出る程度となっている。マーサの愛人である。彼らはダークに知られないよう、こっそりと逢引きをしている。この逢引きの方法がタイトルの「緋文字」につながるのだが、それは後で記そう。逢引きの際に、マーサはハリスンに金を渡しているようである。恐喝だろうか。コラムニストのレオン・フィールズによると、ハリスンは過去にも何人もの女と関係を持ち、金銭を得ていたというのである。マーサはハリスンの新たな被害者ではないのか、エラリーに疑惑が浮かぶ。 

 

 マーサとヴァンの逢引き方法は、ヴァンの方から送付される。ごく普通の会社からの手紙を装ってある。中を開けると、日時とアルファベット一文字が赤字で印字されてる。ここはタイトルの「緋文字」を表わしているものであるが、Aからアルファベット順に逢引き場所が指定されているという発想は面白い。 

 彼らは不倫を重ねる。夫のダークはますます猜疑心に襲われ、仕事も手につかなくなり、嫉妬の塊のようになっていく。ついに、ダークは妻の不倫の証拠をつかみ、その現場に踏み込む。 

 悲劇を防ぐためにエラリーとニッキーはダークの後を追うが、わずかに間に合わず、ダークは、乱闘の末、ハリスンとマーサを銃で撃ったのだ。ハリスンは死に際に、エラリーに血文字で「XY」と記す。このダイイングメッセージが第二の「緋文字」と言えるだろうか。 

 

 さて、本作であるが、日本語訳で300ページほどの分量だが、事件が発生するのは250ページ辺りである。ほとんど終盤になってやっと事件が発生するのだ。それまではマーサの三角関係が延々と描かれる。事件に発展しないようにエラリーも探偵の仕事をするのだが、なかなか事件が起きない。読んでいてじれったくなるほどである。 

 もっとも、事件は起きなくても、そこに至るまでの経緯に手がかりとなるようなものが含まれているだろうから、丹念に読もうとしてしまう。それに、けっこういろいろなことが起き、興味深い描写を挟んだりして、読んで飽きないような工夫がしかけてある。リチャード・クイーンがシド・シーザーの喜劇番組を見てるとか、そういうクイーン家の日常風景が垣間見えるのもそうである。 

 エラリーの方はというと、マーサとハリスンの尾行で仕事がそのまま手つかず状態である。EQMMの未読の応募原稿の山ができていたり、「今書きかけの彼の小説の秘密メモ類、しかもその小説は書き始めてからあまり古くなったので、彼自身でさえ解決の鍵を忘れてしまったほどだった」とある。推理小説家が自作のトリックを忘れるなんてことがあるのか、僕は信じられないのだけれど、多分、あるのだろう。作者エラリーの実体験が盛り込まれているところかもしれない。 

 そういった諸々のエピソードや描写を挟んで、事件が起きるまでのページでも飽きさせないように、読者が本を手放せないように、何かと工夫が凝らしてある。そう思ってみると、事件発生までの長い前置きも面白く読める 

 

 「XY」というダイイングメッセージは簡単なものである。作者クイーンはフェア精神に則ってハリスンがそのメッセージを書く場面を丁寧に描いている。「Y」の筆順が違うと思った、だからこれは他の文字を書こうとしたのだなということがすぐに分かった。ただ、その正解のワードの意味に関しては、英語に詳しくないと解けないかもしれない。 

 ダイイングメッセージよりも、より印象的だったのは、事件が解決すると、それまでの物語がまったく覆されてしまうところである。読者はマーサとハリスンが共謀してダークに隠れて不倫していた物語を読んできた。それが全く違う物語が真相であったことに衝撃を受けるかもしれない。僕はその一人である。今まで読んできた物語はなんだったんだ!などと思ってしまう。怒りとか憤慨とかいうよりも、一杯食わされてしもうたわい、という気分である。 

 

 さて、本書の唯我独断的読書評は、まあ、4つ星としておこう。悪くはない。最後まで読み通すだけの根気良さが求められるけれど。 

 

<テキスト> 

『緋文字』(The Scarlet Letters)エラリー・クイーン著(1953年) 

 青田勝 訳 

 早川書房、ハヤカワミステリ文庫 

 

(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

 

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