11月14日:ミステリバカにクスリなし~『最後の女』 

11月14日(金):ミステリバカにクスリなし~『最後の女』 

 

 エラリー・クイーンの晩年の作品『最後の女』を読む。 

 

 ある事件でしくじり、落胆するエラリーは、空港で旧友のジョニー・Bことジョン・ベネディクトと彼の弁護士で同じく旧友であるアル・マーシュと再会する。ジョニーは親の遺産を受け継いだ大富豪の放蕩者だが、エラリー父子をライツヴィルにある彼の別荘に招待する。 

 ライツヴィル。エラリーにとって懐かしの地。だが、そこにも時代の波が押し寄せていた。かつての街並みは大きく変わってしまっていた。 

 ジョニーの広大な別荘で休暇を堪能するエラリーとリチャードのクイーン父子。ジョニーは母屋の方で、かつて彼が結婚した3人の元妻を招いて、遺言の書き換えを行うことになっていた。 

 その早々に不可解な出来事がエラリーにもたらされる。3人の元妻たち、マーシア、オードリー、アリスの所持品が紛失する。ドレス、かつら、手袋という品々が盗まれたのだ。 

 その晩、新しい遺言が弁護士マーシュを通して3人の元妻に告げられる。それは彼女たちには非常に厳しい内容のものだった。ジョニーの財産は、いとこのレスリーとジョニーの新しい恋人ローラに遺贈されるとのことだった。ローラとは誰なのか。誰もその人物を見た者がいない。翌日、これは署名され正当な遺言書となるはずだった。 

 その夜遅く、別荘のエラリーに内線通話がかかってくる。ジョニーだった。彼は「殺される」とエラリーに告げる。誰がやったのかエラリーが聞くと、ジョニーはただ「ホーム」とだけ答える。 

 エラリーと父親は母屋に急行し、ジョニーの部屋で彼が死んでいるのを確かめる。鈍器による撲殺であった。そして、そこには3人の元妻から盗まれた品々、ドレス、かつら、手袋が置いてあったのだ。3人に容疑をかけるためのトリックだろうか。 

 室内を調べる二人。しかし、この時から、確かにここで見たものを後で思い出せないというエラリーのジレンマが始まる。 

 

 本書は3部に分かれている。それぞれの扉のページには女のシルエットが描かれている。凝った趣向だ。 

 第1部は事件が発生して捜査が開始されるところまでだ。ここはいい。 

 第2部は、捜査が行き詰ってしまう部分である。ローラ騒ぎ(つまり自分こそジョニーと結婚することになっているローラだと名乗り出る女が続出する)も始まる。この第2部がいささかダレぎみである。ただし、マーシュならびに3人の女たちに動きがあり、それはそれで重要な伏線になっていたりする。そして、繰り返しエラリーのジレンマが語られる。このジレンマが語られるたびに、第1部のその場面に戻ればエラリーよりも先にジレンマを解消できるかもしれない(いや、きっと無理だろうな)。 

 第3部になると、エラリーはジレンマを解消し、一気に、怒涛の如く事件が解決されていく。ここは最高に面白い。 

 

 解答を知ると、至る所に伏線が張られ、手がかりが散りばめられていたことに気づく。 

 ジョニーがブラウンのスーツを着ていたなんて、確かに54ページに書いてある。ジョニーに吃音があることも一つの伏線だ。マーシュの部屋でエラリーが見たもの、レコードの趣味、文学や芸術の趣味でさえ手がかりになっている。3人の元妻の所持品が現場に残されていたれっきとした理由というか必然性も明らかになる。いや、3人の元妻が大柄な女性ばかりだったことも手がかりだった。それだけではない、ジョニーの部屋で調べたもの、クローゼットの中のものもすべて手がかりとなっていた。最後にジョニーのダイイング・メッセージである「ホーム」も解明される。 

 

 このダイイング・メッセージは作者クイーンお得意の言葉遊び的な要素があるが、死に際にある人間がそこまで神経を使うだろうかと疑問に思う人もあるかもしれない。僕にも吃音の気があるので分かるのだけれど、吃音者は自分の言ったことを誤解して受け取られるということをよく経験する。だから、間違えられないように細心の注意を払って言葉を選ぶこともある。ジョニーが吃音で悩んでいればいるほど、そのことが彼にとって心にのしかかっている問題であればあるほど、たとえ死に際のダイイング・メッセージであっても、他の言葉と間違えられないように言葉を選ぶということはあり得ると僕は思う。 

 

 事件は解決され、そこで作品は終了となる。一方で、少し物足りなさもある。事件に直接関係はないものの、いとこのレスリーはどうなったのか、遺産は相続されたのか、事業を始めたのか、エラリーとの関係はどうなったのか、そういうことは触れられずに終わる。あるいはマーシュの秘書スーザンはどうなったのか、3人の元妻たちのその後はどうなったのか、それらも述べられておらず、なんだか置き去りにした感じが残ってしまう。その辺りに、小説として後味の悪い感じが残ってしまう。 

 

 あとは余談を。 

 作中にはさまざまなお酒が出てくるが、なかなかひどい訳だ。訳者はあまりお酒には詳しくないのかな。ブラック・ラッシャン(本当はブラック・ルシアン)とか、スコッチのチバス(本当はシーバス・リーガル)とか、ズブロフカ(ズブロッカ)など、微妙な間違いがある。まあ、それもご愛敬としておこうか。 

 エラリーが音楽を聴く場面は他の作品でもあるけれど、まずクラシック音楽だ。ティファナ・ブラスを聴くのは意外だった。 

 

 さて、本書の唯我独断的評価は4つ星といったところである。第2部のダレた感じがいささか減点となっている。「ローラ騒動」のページなんて、ほとんど水増しかと思ってしまうくらいだ。第3部でその減点分をかなり挽回しているとは言え、5つ星までは至らないという感じだ。でも、最後まで読むと面白いのは確かである。 

 

<テキスト> 

 『最後の女』(The Last Woman in his Life)エラリー・クイーン著(1970年) 

 青田勝 訳 

 ハヤカワミステリ文庫 

 

(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

 

 

 

 

 

 

 

 

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