1月15日:書架より~『心のはたらき』(2)

1月15日(木):書架より~『心のはたらき』(2) 

 

 『心のはたらき後半部分読んでいく 

 

 

「5 学習の原理」 

 本章では学習並びに行動主義心理学が扱われる。心理学でいう学習とは、その言葉から連想されるものとは少し異なった意味があり、「経験の結果としての行動の変容」を学習と定義されることもある。 

 この分野で先鞭をつけたのはパブロフであったが、パブロフ自身は自分を心理学者とはみなしていなかったという。その頃、アメリカではソーンダイクが動物の学習に関しての理論を打ち立てた。それは試行錯誤による課題解決であったが、この説は後に疑問視されている。 

 パブロフやソーンダイクの研究に刺激されて行動主義の旗あげが起きた。もっとも極端な立場を取ったのがワトソンである。 

 しかし、この方面で異なるアプローチをした一派があった。ゲシュタルト心理学である。この学派は、動物の課題解決において、見通し行動(洞察)を見出した。 

 これらの学習理論は、教育の分野でも応用されるようになる。画期的な提言をした学者としてトールマン、スキナー、ブルーナーを挙げている。トールマンは課題解決について認知地図概念を提唱し、スキナーは彼のオペラント条件付け理論に基づいてティーチングマシンを開発し、認知心理学に属するブルーナーは三段階の「構え」説を提唱した。 

 後半部ではさまざまな動物実験の模様が提示されている。人間においては言語学習が高次な学習の第一歩となる。唖の子供への言語学習の様子やアイザックの劇場教室など、機械を用いた新しい学習が開発されている。次いで、知能テストに関する資料が掲載されており、実際の知能テスト問題、天才たちの知能指数に触れている。 

 僕はさほど行動主義的ではないけれど、ワトソンという人には、学者としてではなく、広告マンとして興味を覚える。僕の聞いたところでは、タバコの広告に彼は関与したそうだ。タバコの売れ行きを伸ばすにはどのような広告を作ればいいかという問題に対して、ワトソンは女性がタバコを吸う広告を作ったそうだ。また、トールマンという人も興味を覚える。ちょっと独特な心理学者という印象を受けている。 

 

 

「6 知能を測るものさし」 

 知能とは何か。著者は「知能とは精神をうまく働かせる能力である」と述べる。知能という意味を明確にしようと努めたのはビネーだった。ビネーは知能を「判断」と見ていたようである。彼は政府の依頼で知能の遅れた児童を選び出す仕事に就く。そこで知能テストが開発された。ビネー式の知能テストは精神年齢を出すことで知能を測定した。しかし、精神年齢だけでは不備があり、シュテルンは精神指数という概念を提唱し、それは後にターマンによって知能指数(IQ)に結実する。 

 知能テストは、環境によってその成績が変わることがある。知能は教育によっても高められることが分かっている。ピアジェも子供の知能に関して「社会性」を強調している。一方でIQの高い天才児に関する研究もあり、そこでは天才児は心身ともに健康であるという特徴が見出されている。 

 IQで示される知能テストでは、創造性を測ることができないという欠点がある。ゲツェルス、ジャクソンは創造的な能力を測定するためのテストを開発した。また、彼らはIQと創造性とはわずかな関係しかないことを明らかにした。 

 後半では精神病者の描いた絵が何点か載せられている。もし、知能が精神を働かせる能力であると定義されたとしたら、心を病む人は知能が低いことになってしまうだろう。彼らの描く絵は精神を働かせることが困難であることを、その絵を通して、明らかにしているかのように思えてくる。ルイス・ウエインが繰り返し描いたネコの絵など、分裂病者にはそれに特徴的な描画がなされていることが伺われる。躁うつ病でも、分裂病とは表現の仕方が異なるけれど、その病気に特徴的な描画様式がある。最後に狂気に陥った二人の画家、ゴッホとムンクを取り上げてこの章は終わる。 

 

 

「7 心のはたらきをあやつる」 

 この章では心に作用する薬品を取り上げている。そうした薬品は昔から世界各地でさまざまなものが服用されていた。アルコールもそうである。アヘンやその派生物であるコカインやコデインなどもそうである。それらは鎮痛剤として用いられていた。その他の使用法としては幻覚を呼び覚ます薬品がある。タイマやメスカリンなどがそうであり、LSDもそうである。これらの幻覚剤の作用は「心の構え」によって大きく変わってくるそうである。 

 本章で重宝したいのはLSDに関する研究である。これは正式には「リゼルギン酸ジェチルアミド」という物質で、麦角とライ麦にできるカビから抽出されたものであるそうだ。当初は止血用などの用途で使用されていたそうであるが、幻覚作用が見出され、そこから精神分裂病の本質に迫れるのではないかといった期待が生まれた。LSDを服用した後の状態が精神分裂病と類似しているところからそのような期待が生まれ、研究されたそうである。現代ではLSDは禁止されているので、その後の研究はなされていないのであるが、実際に服用した人の証言や写真も掲載されていて、勉強になった。とは言え、LSDに詳しくなっても、もはや無用の知識でしかないのだけれど。 

 後半は心の操縦術の種々のものがイラストと写真で掲載されている。催眠術ならびにメスメル。笑気ガス。魔女裁判に見る拷問。現代の洗脳。そして政府による統制、組織的学習と続くいつの時代でも、どこの国でも、人の心を操ろうとした人たちがいるものだ。 

 

 

「8 心と人間の未来」 

 心の研究は今後どのように発展していくだろうか。脳についての知が深まるほど、優れた人工知能が作られる。人間の意識も技術的に解明され、作ることができるようになるかもしれない。 

 本章は脳に関して、その電気工学的分野の研究が述べられている。正直に言って、僕は興味がない。この分野を大いに推進したのは脳波の発見である。さらにその脳波を測定する方法の確立である。脳波を測定することで、刺激に対してどのように脳が反応しているか、どのようなプロセスが脳の中でなされているかなどの研究が発展した。それはさらに細部に至る局在論を生み出している。例えば、怒りを発動する脳部位と愛情を発動する脳部位とは非常に近い所にある、などの発見である。 

 こうした研究は学問としてはいいのだけれど、脳の理解がどれだけ進んでも、それを意図的にどうこうすることができないのだからどうしようもない。つまり、もし、愛情中枢なる部位が脳の中にあって、それを自分で刺激して、博愛行動がより取れるようになるのならいいのだけれど、自力ではそういう操作ができないのだから、知識だけ増えてもどうしようもないという意味だ。 

 本書は1973年出版である。50年くらい前の本だ。当時の学者さんたちは現代のAIを想像することもできなかっただろうと思う。AIはやがて人類を凌駕してしまうと言われている(僕個人はそれがすでに起きていると思っている)。科学的進歩は一方では不安を喚起しているのだ。それに、いくら科学技術が進歩しようと、それを利用する我々現代人が進歩していないのだから無意味だ。AIを使ってデマやフェイク映像を作る人もある。そうして被災地へ誤情報を流し、それによって混乱をもたらすこともある。そんなことをするために開発されたAIではなかろうにとも僕は思うのだが、それを使用する人間の人格が現れるものだ 

 

 

 さて、以上で本書を通読したことになる。 

 個人的にはなかなか面白い本だと思っている。著者が医学ジャーナリストである関係で、臨床的な内容のものが多い。イラストや写真は、見ているだけでも楽しいのだけど、より理解を容易にしてくれて、大いに助かる。それぞれの分野を取り上げている各章は、その分野での基礎的なことを押さえているといった感じである。もし、その分野をより詳しく勉強したいと欲したら、本書を一つの踏み台にしようという気になる。 

 難点としては、本書は大判サイズなので、持ち運びに不便であり、寝転がって読むのにも適していない(本をずっと持ち上げていなければならないからである)。読む場所、読む姿勢が強制されてしまう。でも、それは僕の方の問題であって、本が悪いわけじゃないな。 

 

 

<テキスト> 

『心のはたらき』(The Mind)ジョン・R・ウイルソン(1973年) 

(ライフ/人間と科学シリーズ) 

 タイムライフブックス 

 宮城音弥 訳 

 

(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

関連記事

PAGE TOP