1月10日:ミステリバカにクスリなし~『別冊宝石79号』 

1月10日(金):ミステリバカにクスリなし~『別冊宝石79号』 

 

 宝石社から出版されていた雑誌「宝石」の別冊シリーズ。「世界探偵小説全集31」と銘打って「米英仏独加傑作15人集」と題されている。副題とおり各国の作家の手による15篇の中短編が収録されている。編集が水谷準であるだけによく精選されている。発行は昭和33年9月。 

 

1「鼻かけ三重殺人事件」(From Four to Seven)ヒュー・オースチン 

 実業家ジョン・アーノルドの家で殺人事件が発生。共同経営者たちが集まって週末を楽しんでいる最中での事件。被害者は招待客の妻である。しかも、殺されて、鼻を削られている。警察が来て、キント係長による事情聴取などが行われる中で第二の殺人が。同じく鼻を削られている。さらに立て続けに第三の殺人事件が発生する。すべて被害者は鼻を削ぎ落されている。 

 あくまでもフェアに徹した本格推理ものだ。読者への挑戦もある。よくできた作品だけれど、不満もある。犯人に納得がいかない。それに被害者の鼻を削ぎ落す論理的理由も欠けている。でも、古き良き時代の探偵小説の、その黄金期の香りはプンプン漂ってきて、雰囲気は非常に良い感じだ。 

 

2「一つの論理的結末」(The Case of the Logical Clue)E・S・ガードナー 

 世界的に有名な宝石を所有する資産家が殺され、その宝石も盗まれた。多すぎるほどある手がかりはすべて運転手が犯人であることをしめしているが、その運転手には鉄壁のアリバイがあった。 

 この謎を解くのは、事件には必ず全体の鍵となる本当の手がかりがあると主張する「手がかり屋」クラークである。すでに僕が上に述べた文の中にその手がかりがあるのだけれど、さすがガードナーだ。上手く物語を組み立てるな。謎解きだけでなく、主人公たちのアクティブな活躍も魅力だ。 

 

3「暗闇から来た女」(Woman in the Dark)ダシェル・ハメット 

 夜の闇の中、足を怪我しながらも女は逃げる。彼女は一軒家に逃げ込む。そこには元服役囚の男が住んでいる。男は女をかくまうが、そこにも追っ手が来る。二人は逃走する。 

 社会的弱者の男女の孤独な逃避行が印象に残る。でも、彼らは逃げるだけではない。陰謀に立ち向かっていく。ガードナーもそうだったが、主人公たちのアクティブな活躍が魅力的である。 

 

4「痣(あざ)」(The Artificial Mole)J・D・べリズフォード 

 行方不明になった姉の捜索を依頼されたハットン。姉の後を追ってウエストボーンへ行き、彼女の動静を調査する。彼女は偽名を使い、夫とともに別荘に泊まっていたのだが。 

 刑事が過去の苦い経験を語るという形式を持つ。つまり、読者は主人公が失敗するということを最初から知らされているのである。一人二役、二人一役が巧みに演じられて、それに惑わされて主人公は誤ってしまう。 

 

5「塵除け眼鏡」(The Ruined Eye)M・D・ポースト 

 ヨンケル警視総監はオペラ女優に損害賠償させようというビーコム老人を訪れる。老人はその女優の事故にまきこまれて片目を失明してしまい、その賠償を求めているのだ。ヨンケルはその欺瞞を暴く。 

 アンクル・アブナーのシリーズで有名な著者だが、他にも本編に登場するヨンケル警視総監ものとか、いくつかのシリーズがあるらしい。読み始めてすぐに失明というのは偽証だと推測できるのだけれど、それをどういう手段で証明するかが主眼である。 

 

6「獅子の顎」(Cleek:The Man of the Forty Faces)T・W・ハンシュー 

 サーカスの一団の中で起きた事件。そこではライオンの口に頭を突っ込むという芸当を見せていた。今まで一度も人間を噛んだことのないライオンのネロであったが、なぜかその時だけネロは口を閉ざしたのだ。奇妙な微笑を浮かべて、口を閉じ、人をかみ殺してしまったのだ。この事件を知ったクリークは、サーカス団のメンバーとともにネロを観察しに行く。 

 これは他でも読んだことがある。『シャーロック・ホームズのライヴァルたち』にも収録されてたのじゃなかったのかな。40面相クリークはかつてはとても人気を博していたそうだ。変装を巧みに操り、泥棒から探偵へと鞍替えしたという経歴がある。本作は、トリックそのものは単純なものである。クリークの面前でネロが微笑を浮かべるくだりはなかなかのテンションである。そして、発端となった事件の背後に潜む陰謀と真犯人が暴かれるなど、よくできた作品だと思う。 

 

7「ヌウチ」(Nouchi)ジョルジュ・シムノン 

 フロージェ氏は窃盗の容疑で拘留されている女ヌウチを今日も尋問する。彼女は友人でもあるクロスビー夫人から宝石類を盗んだと目されているのであるが、捜査も尋問も平行線をたどっているのだった。 

 短編集「13の秘密」所収の一篇であるが、この短編集にはけっこう本格的な謎解きの掌編が集められていて、シムノンには珍しい一冊だ。本編も指紋によるアリバイ崩し、容疑者の言動や態度から真相を推測していく。 

 

 

 

8「サキソフォン・ソロ」(Saxophone Solo)G・R・マドック 

 ウィルキンズ荘にて一人の死人が女中によって発見された。死んだのはウィルキンズのいとこのバウフシュタインであり、心臓麻痺による自然死と鑑定された。ただ、どこか腑に落ちないところがあり、エゴ警部は単独で捜査を開始する。 

 ウィルキンズとバウフシュタインの二人がよく似ているというところから、一人二役とか二人一役とか、そういうトリックが使われているなと予測できてしまう。事件そのものは自然死であったが、その裏では密かな計画が進行しており、それを暴くところに興味が生まれる。作品自体はそれなりに面白い。 

 いくつか納得する描写もある。「大きな悲歌は人の性格を一変するなどといいますが、そんなことはありません。悲しみはその人物の中のある性格を強調するにすぎないのです」とか、「サキソフォンっていうやつにはなにかこう、人間的なところがありますね。つまり、うなったり、吠えたり、すすり泣いたり、笑ったりするじゃありませんか。サキソフォンを吹くような人間が人を殺すとは思えませんな」など、妙に首肯してしまった。 

 

9「藪をつつく」(The Murder at the Towens)E・V・ノックス 

 嫌われ者の大富豪が広大な邸宅の中で死体となって発見された。藪の中、無花果の木にその老富豪は首を吊っていたのだ。遺書はない。邸内にいた12人にはすべてアリバイが揃っている。ブローハード警部はこの事件をマーヂ探偵に託するが。 

 本作は探偵小説のパロディみたいな一作である。事件を企んだ犯人の思惑に探偵が乗っかってしまう。でも、探偵はそれで利益を得ることになるのだから、探偵の方でもどれだけの悪意があったのか不明である。故意に真相を伏せて、犯人の思惑に乗ったのかもしれないし、そうなると悪徳探偵が主人公ということになる。まあ、50回近く迷宮入り事件を解決したという探偵なので、故意にというわけではなさそうだ。探偵のまったくの失錯といったところか。 

 

10「アルミニュームの短剣」(The Aluminium Dagger)オースチン・フリーマン 

 殺人事件が発生。ソーンダイク博士は急遽現場に呼ばれる。室内で殺された男。犯人が部屋を出た形跡がない。凶器はアルミニウム製ナイフで、えぐるようにして被害者の体にめり込んでいる。数々現れる手がかりを、ソーンダイク博士は綿密に調べる。 

 ソーンダイクものの一篇だ。このシリーズはとにかく「科学的」に徹しているのが特徴的だ。ソーンダイク自身が科学者ということで、手がかりとなるものを虫メガネで丹念に調べ、事件状況を綿密に検分し、測定したり模写したりと、とにかく「科学的」であることに徹している。「科学的」が少々鼻につくくらいだ。その難点を別にすれば、普通に面白く読める。まあ、これは好みの問題か。 

 

 

11「蜘蛛」 

 エーヴェルスの作品。『蜘蛛・ミイラの花嫁』で最近読んだところなので、今回はパスする。 

 

12「感謝祭の老紳士」(Two Thanks-givingday Gentlemen)O・ヘンリー 

 11月の感謝祭。スタフィ・ピートはいつもこの公園のベンチに腰掛ける。9年間欠かさずそうしてきた。すると一人の老紳士が彼のもとに来て、ピートにご馳走を振舞う。9年間欠かしたことのない振舞いである。ただ、今年はピートはすでにご馳走を振舞われてきたのだった。 

 O・ヘンリーらしいユーモラスな作品である。その一方で、習慣や儀礼に縛られる人たちの悲喜劇でもある。ひとこと、今日はご馳走を振舞ってもらったので、今年は遠慮しますと、ピートがそれさえ言えればよかったのに。 

 

13「Q」(Q)スティーブン・リーコック 

 友人のアナリイ君を訪れた私は彼から興味をそそられる話を聞かされる。Qが幽霊となって現れたと言うのだ。以来、彼はQと交霊していると言う。私はアナリイ君とQの交霊に喜んで援助することになった。ある時、Qが金を用意してほしいと交霊でアナリイ君に知らせて来たというので、私は喜んで金を提供するのだが、驚くことに、Qはそのお金を霊界に持って行ったのだ。交霊は成功したのだ。そして、間もなく、またQがお金を要請してきた。 

 怪奇小説風の冒頭から、ユーモアにあふれた会話を挟み、読者にはアナリイ君のペテンだということがありありと分かっていても、それをいちいち鵜呑みする語り手の真剣さが可笑しい。最後はアナリイ君が金を持ってトンズラしただけなのに、アナリイ君は冥界に連れ去られたのだと信じきり、自分が交霊の恐ろしい実験に加担していたなどと、語り手は最後までアナリイ君の話を信じてしまってる姿が面白い。 

 

14「野球場殺人事件」(Man Bites Dog)エラリー・クイーン 

 エラリー・クイーン短編だが、これはエラリー・クイーン新冒険に「犬を噛む」の題で収録されている作品である。そちらの方を最近読んでいるので今回はパスした。 

 

15「ゼロ」(Zero)S・A・ステーマン 

 有名な探検家ハーバート・ドナルドスンを訪れた新聞記者の「私」。上司の命令で彼に会って記事を書くつもりであるが、気難しいドナルドスンとしては珍しく、彼は快く接見を承諾してくれた。彼は世界各国で手に入れた武器の類をいちいち披露しては説明をしてくれるのだが、彼の悩みは二つ。一つは近くを走る列車であった。電車が通るたびに騒音と振動をもたらすのだ。もう一つはポリネシア地方の守護神タンガロア像だった。彼らから像を盗み出したドナルドスンは彼らから復讐を約束されたようなものだと言う。その後、ドナルドスンは何者かによって殺されたのだ。現場に駆け付けた私はタンガロア像が消失していることを発見する。 

 ステーマンは僕の好きな作家さんの一人で、もっと作品が翻訳されたらいいのにと常々思っている作家さんである。かなり期待して読んだものの、いささか後味が悪い一作だ。語り手である新聞記者をワトソン役にして、探偵マレーズが捜査するものの、その推理には精彩が欠け、最後は記者の祖母が真相を解明するという顛末である。ライバル社の記者が語り手を愚弄し、語り手の感情を搔き立てるものの、あまり緊迫感をもたらさないし、語り手の友人であるシャルル5世も語り手の恋敵となるのであるが、その恋の行方も同様に焦燥感があまり伝わってこず、テンションが上がらない感じがする。なんとも淡々とした印象を受けた。 

 

 以上本書収録15篇である。それぞれ個性的な短編であり、さまざまな面白味を披露している。全体の評価としては4つ星を進呈したい。 

 

<テキスト> 

『別冊宝石79号 世界探偵小説全集31 英米仏独加傑作15人集』 

水谷隼 編集 

宝石社 

 

(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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