2月6日:唯我独断的読書評~『世紀の悪党ども』(4) 

2月6日(金):唯我独断的読書評~『世紀の悪党ども』(4) 

 

 引き続き、『世紀の悪党ども』の続きを読もう。今回は第25篇から32篇までの8篇を読む。 

 

 

25「馬に嫌われた追剥」(ユージン・B・ブロック) 

 ディック・フェロウズは数々の強盗を働いたが、常に馬に裏切られた男だった。最初の駅馬車強盗で刑をくらい、出所後の強盗では相棒の待つ現場まで貸し馬屋の馬で疾走したところ、ディックは馬から振り落とされたのだ。これが馬との最初の因縁となる。この強奪は失敗に終わり、その帰路、馬を盗んで駅馬車強盗に成功するも、またしても馬はディックを裏切ったのだった。以後も彼の犯行は馬によって妨げられるのだった。 

 なんとも不思議な人物である。乗馬の経験もないのに、いきなり馬に乗って犯行に及ぶなど、現実検討力の低さを思わせるのだが、いかがなものだろうか。また、諧謔家であり、口が上手く、刑務所では模範囚となって説教を説く。こうした散漫な人格像は精神病質的であるように僕は思った。 

 

 

26「取引所理事長の仮面」(ハロルド・メーリング) 

 ニューヨーク株式取引所の所長であるリチャード・ホイットニーは、一方では理事長として君臨し、他方では横領を重ね続けたという二重生活を送った人物であった。学生の頃から記憶力抜群であり、成績もよく、株式取引所の副所長までとんとん拍子で出世したのだった。それが彼の一つの顔であり、もう一つの顔は投機熱に浮かされ、投資の資金繰りのために自転車操業するようになり、他人の証券を担保に借金するといったことまでやりだすような男であった。 

 この人物もどこか精神病質的であるように僕は感じた。投資で失敗することはあれど、リチャードは手を引くということをしないのだ。現実を見て選択するというより、自分がこれを選択したからそれが実現するはずだと信じているかのようだ。(25)のディックも同じタイプの人間のように感じられるが、ディックの方は頭が良くない。リチャードの方は、頭はいいかもしれないが、おそらく、感情的には平板で、内面的には空虚だったのではないかと僕は思う。実際、哲学的な思考は持ち合わせていないようである。空虚を金で埋め合わせようとするという話はよくあることである。リチャードもそうだったのかもしれない。 

 

 

27「駅頭」(アラン・ハインド) 

 1929年、果物商として繁盛していたトニーとニックの兄弟ところへグランド・セントラル株式会社副社長の肩書を持つグレンフェル氏が訪問した。グランド・セントラル・ターミナルの案内所が果物屋へと衣替えするので、その経営を二人に任せたいとグランフェルは持ち掛ける。二人はこの話に乗るのだが、支払保証金10万ドルを請求されたのだった。もし、案内所が果物屋になれば確実に儲かるだろうし、すぐに支払わなければこの話はライバルの果物屋に持ち込まれてしまう。二人は即断するのだが。 

 現在でいえば、これは劇場型詐欺ということになるだろうか。トニーとニックは騙されたのである。グランドセントラル株式会社などという会社は存在せず、案内されたその事務所は翌日にはもぬけの殻となっていた。副社長役のグレンフェルと社長役のプロジェットによる共犯である。オフィスを借り、臨時の秘書を雇い、二人を騙したのだ。後年、二人の兄弟は、この詐欺には鉄道会社も一枚かんでいるとの猜疑心を募らせていたという。詐欺被害に遭った人間はそのようになることがあるのだが、兄弟の人格まで破壊するような犯罪だったのである。 

 

 

28「スターリンが盗んだスペインの金塊」(A・オーロフ) 

 1936年、スペイン内乱が勃発したころ、スペイン共和党の首脳部は国庫の金をソ連に移し、スターリンに保管を頼むことにした。ソ連側はこの任務に著者を送り込む。すべては極秘のうちに行わなければならず、また、敵に見つかってもいけない。三晩にわたって、隠匿してある金がカルタヘナ港へ運ばれた。ここからソ連側の輸送船で財宝がソ連に送られることになる。危機に見舞われながらも、この作戦は成功するのだが、これがスターリンによる横領作戦であることをスペイン側が気づいたのはもっと後のことであった。 

 なかなか巧妙な手口である。特に、スペイン側が受領証を求めてもそれを巧みに回避するところなど、見事である。横領がバレても、国庫が空っぽということが明るみになればスペインの貨幣価値が暴落するであろうから、公になることはないだろうとソ連側は踏んでいたようである。また、数か月後には、ソ連側は受領証は確かに発行したが、それは武器等の代金であり、なおかつ、スペインにはまだ相当の額の貸しがあるとまでソ連側は公表する。どこまでもあくどい計画だったようだ。 

 

 

29「役者ウィリー」(クエンティン・レイノルズ) 

 生涯に渡って銀行強盗と脱獄を繰り返したウィリー・サットンは、ライターのクエンティン・レイノルズに自伝の執筆を依頼した。本項はその自伝からの引用である。なぜ、ウィリーが自伝を残そうとしたのかは後で述べることになるかと思う。 

 ウィリーの最初の犯罪は子供の時だった、食料品店から食料品をくすねることから始まり、レジの金を奪うようになる。大人になってからは、いくつかの職に就いたがどれも長続きしなかった。そんな折、ドック・テイトと知り合う。ドックはその道ではプロだった。彼に感化されて、ウィリーは犯罪の道に進んでいくことになった。 

 ある日、銀行の守衛が制服を着た人間を中に入れた場面を彼は目撃する。この時、彼は悟った。適当な制服はいかなるドアも開ける、と。彼は偽の演劇学校の名で衣装屋へ連絡する。親切にも役者が来てくれたら寸法を測り、お好みの衣装を作ろうという好意的な返事を受け取る。この時から「役者ウィリー」が誕生したのである。メッセンジャーの制服に身を包み、守衛にドアを開けさせたウィリーと相棒はまんまと銀行強盗に成功する。 

 この手口で彼らは同種の犯行を重ねたが、運悪く、失敗し、刑務所に服役の身となる。しかし、ウィリーは脱獄を試みる。幾度か失敗を積み重ねながらも、彼は脱獄に成功し、脱獄するやまた銀行を襲う。そしてまた投獄される。これを繰り返すことになる。 

 晩年になると、彼はちょっとした有名人になっていた。子供たちの中には彼に憧れる者もいた。銀行強盗に成功し、脱獄を繰り返し成し遂げたという伝説が生まれ、ウィリーを英雄視する子供たちが現れたわけだ。現実の彼は、50歳を超えて一文無しになり、関与していない強盗事件の罪まで被せられ、犯してもいない殺人事件の容疑までかけられる人間だった。犯罪者の一生がどれほど惨めなものであるかを子供たちに伝えるために、彼は自伝を出すことを決めたのだった。 

 僕は思うのだけど、こういうウィリーのような犯罪者には、どこか「善」的なものが感じられる。「悪」に徹しきれないところがあるように思う。自伝は彼の良心に基づくものだと僕は思いたい。 

 

 

30「ドラウン博士の奇跡」(ウォルター・ワグナー) 

 1920年代といえばラジオがまだ新しい道具だった時代である。そんな時代にラジオ電波を用いて画期的な遠隔治療を行った女性医師がいた。ドラウン博士である。彼女の発明した受信機を購入すれば、後は患者の血液サンプルを彼女に送付するだけで、彼女が自身のクリニックから遠隔治療を実施するというのである。彼女の治療法は有名になり、彼女のクリニックを訪れる人や装置を買い求める人が次々に現れた。しかし、医師会は彼女を黙って見過ごしてはいなかった。正規の医師たちは彼女の治療に疑問を抱き、その虚構を暴露しようとするが。ドラウン博士は決して自説を翻さないような人物であった。そうして35年間に渡って医師たちと法律の世界とを敵に戦い続けて、ドラウン博士は生涯を終えたのだった。 

 ドラウン博士のペテンを暴いた医師が残した言葉が適格だ。「この機械は一種の霊応盤である。彼女の言う成功は信者たちの無批判な態度によりかかったものだ、とわれわれは確信している。彼女のテクニックはありとあらゆる器官から、ありとあらゆる病気を見つけ出すもので、そうしておけばたいてい一つくらいは運よく本当の病名が言い当てることができるから、『やっぱりわたしの見立て通りでしょう』ということができる」。僕はAC(アダルト・チルドレン)理論もこれと同じようなものだと考えている。 

 しかしながら、ドラウン博士のようなインチキ医療はいつの時代にもある。メスメルの動物磁気やライヒのオルゴン療法などもそうである。しかし、メスメルやライヒには人を治療しようという善意がまだ見られるのだが、僕の見る限り、ドラウン博士にはそういうものが見当たらない感じがする。言い換えるなら、同じようにパラノイア的であっても、ライヒなどは人や世界を良くするという信念が基軸となっているのに対し、ドラウン博士には自分が正しいという信念が基軸になっているという点が大きく異なっているように僕は感じる。 

 

 

31「大いなる虚像」(クレイグ・トンプソン) 

 イタリア系移民フィリップ・ムジカは、後年フランク・ドナルド・コースターと名乗って、薬品業界の大立者となっていく。その手口は、幽霊会社を拵えては実在しない商品の偽造書類を用いて、信用ある会社を買収・統合し、社会的な信用を増し、投資を促進させることであった。製薬に関する知識も、経営者としての素質も皆無であったコースターだが、仕事の鬼といった一面があり、社員も外部の人間も彼を信用した。それが健全な会社であると評価されている間は誰も疑惑の目を向けることはなかった。 

 家族ぐるみで大がかりな詐欺を働いたことになるのだけれど、僕のような経営に疎い人間にはそのからくりが十分に理解できたとは言えない。なかなか手の込んだ手口であるようだ。そういうことを考え出すくらいの人物だから、真っ当な仕事をしていれば、どこかで芽が出る可能性もあっただろうに。少なくとも自殺で人生を終えることもなかったかもしれないのに。コースター、いやムジカはその虚構のビジネスで巨額の富を得たが、その富の大部分が彼の過去を知る人物の口封じに費やされたそうである。悪事で得た金は悪事隠蔽のために流れていくものだ。 

 

 

32「稀代の詐欺師アリゾナ男爵」(クラレンス・パディントン・ケランド) 

 アメリカの南北戦争で南軍の兵士だったジェイムズ・リービスは捕囚時代に自分の隠されていた才能を発見する。外泊許可証の偽造の才能であった。それには大尉のサインが必要なのだが、彼はそれを巧みに模写したのだ。もし、一人のサインを偽造できるのであれば、その他の誰のサインでも偽造できるはずだ。そう考えたリービスは土地所有の権利書を偽造し、登記する。彼はアリゾナ男爵として、立派な家柄の人間として書類偽造を繰り返した。彼の偽造書類は疑われることなく、本物とみなされ、そのため裁判所もリービスを調査することがなかったのだった。ようやく連邦裁判所が彼の書類が偽造であることを突き止めた時には、彼はすでに贅沢な暮らしを続けており、妻と双子の子供にも恵まれていた。 

 刑に服し、晩年のリービスは惨めだ。毎日図書館に通い、栄華を極めていた頃の自身の記事を読むだけの日々だった。忘れ去られた存在となり、ひっそりと人生を終えたという。犯罪者の一生とはそんなものかもしれない。 

 

(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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