12月17日(水):ミステリバカにクスリなし~『死人の鏡』
たまにはクリスティでも読んでみるか。ということで選んだのが本書。僕が中学生の時に読んで以来だ。中編4話が収録されており、すべてポワロものだ。
「厩舎街(ミューズ)の殺人(Murder in the Mews)
ガイ・フォークスデーのお祭りの最中、一人の婦人が死んだ。現場の状況から自殺が疑われるのであるが、自殺にしては腑に落ちないところがある。ジャップ警部の依頼でポワロは現場に赴く。捜査が進展していくうちに、やがて不審な人物が浮上してくる。ある男が死んだアレン夫人を恐喝していた疑いが濃厚になったのだ。そして事件当日も男はアレン夫人を訪れていた。
本編は悪くはないんだけれど、どうも面白く感じなかった。一見するとごく普通の室内の様子、ありきたりの自然な様子が、いかに偽装されたものであるかを推理して論証していくところに本編の見所があるように思った。確かにその部分は面白いと思うのだが、どうも後味の悪さ、スッキリしない感が残ってしまう。
「謎の盗難事件」(The Incredible Theft)
メイフィールド卿宅での晩餐会。そこにはキャリントン卿夫妻と息子のレジ―、慈善事業家のマキャッタ夫人、そして、誰が招待したのか、ヴァンダリン夫人が顔をそろえていた。ヴァンダリン夫人は敵国と通じていて、スパイの疑いがあるという人物だった。
食事のあと、ブリッジをした面々はそろそろ寝室に引き上げる。メイフィールド卿とキャリントン卿とは仕事のために会談する。メイフィールド卿の秘書カーライル氏が準備を整えている間、二人は庭を散歩するが、その時、メイフィールド卿は不審人物の姿が窓から見えたと言う。二人が急いで駆け戻ると、新式爆撃機の設計図が紛失していた。それを売れば大金になるだろうし、敵国の手に渡ったとしたら、イギリスは莫大な被害を被るだろう。
カーライル氏は確かに設計図を書類の一番上に置いたと言う。そして、わずかの間だけその場を離れたという。階段で悲鳴が聞こえたためである。それはヴァンダリン夫人の女中レオニーが発したもので、彼女は白い衣服をまとった幽霊を見たと言う。書類はその間に盗まれたと思われた。
極秘の設計図なので、公にすることができず、警察に通報するわけにはいかない。キャリントン卿はエルキュール・ポアロに依頼することに。かくしてポアロの登場となる。
あとはポアロの捜査、尋問と続いて、事件の解決に至るのだが、内容としては悪くない。よくできた一篇という印象が僕にはある。ネタバレするのだけれど、マキャッタ女史などは事件とほとんど関係なく、ヴァンダリン夫人に悪い印象を読者に与える役どころでしかない。レジ―のような甘えん坊の青年は、男性作家の手になるとかなりのダメ男か不良とか愚連隊として描くのじゃないかと僕は思うのだが、クリスティの筆はそこまで辛辣ではなく、どこか微笑ましくさえ思えてくる。
「死人の鏡」(Dead Man’s Mirror)
アパートの一室にて、エルキュール・ポアロは一通の手紙を前にしている。極秘に処理したい事件があり、その解決を依頼してきたものだが、電報が届き次第来てくれというものである。この厚顔な手紙の発送主はジャーヴァス・シェヴニックス=ゴアとある。名門シェヴニックス=ゴア家の最後の一人とされている人物だ。
後日、ジャーヴァスからの電報を受け取り、彼の屋敷に出向くポアロ。夕食前の時間。そこには数人の家人や客がいたが、ポアロの来訪は誰も知らなされていなかった。夕食時間が来ても主人のジャーヴァスの姿が見えない。時間には恐ろしいほど厳格なのに。不安を覚えた一同は主人の部屋へ向かい、施錠されたドアを破って室内に入る。そこにはピストルで頭を撃って息絶えているジャーヴァスの姿があった。
警察からリドル少佐が来る。状況からしてジャーヴァスは自殺とみなされる。しかし、ポアロは自殺にしては椅子の向きがおかしく、割れた鏡の謎が解明されない。ポアロは不審を抱く。
この中編小説は後に長編化されたのではなかったかな。『鏡は横にひびわれて』だったのではなかったかな。どうも記憶が曖昧だ。
中編くらいの長さだと物語の密度が濃くなってよろしいところもある。本編は、他のクリスティ作品同様、事件が発生してから、関係者一人一人に尋問していく場面が作品の大半を占める。それはそれで面白いところもあるのだけれど、人物に動きがなくなってしまう。これを長編でやるといささか退屈になってくる。中編くらいだと許せるところである。
それでもポアロは随所で動きを見せる。いくつかの場面で手がかりを拾ったりする。翌朝には庭に出て、そこに残された足跡を推理したりする。主人公がこうして動かないと面白くないと僕は感じるわけである。
あんまりネタバレするようなことも書けないけれど、本編はそれなりに面白く、よくできた謎解き小説だ。夕食の合図に鳴らす銅鑼の音、銃声らしき音、それに鏡が割れる時の音、偽装の音など、音に関する謎が面白く感じた。
本編にも犯人がいるのだが、その動機は僕には盲点だった。なかなか感動的な話がその同機には含まれている。クリスティはポアロに直接犯人を指摘させず、故意に別の人物を犯人呼ばわりし、真犯人に自供させている。つまり、その人は犯人ではない、自分こそ犯人だと名乗り出ることによって、真犯人はその人物を庇うわけである。この一場面が動機に含まれる感動を演出しているのだなと思った。
「砂に書かれた三角形」(Triangle at Rhodes)
ロドス島でバカンスを過ごしているポアロ。日焼けに余念のないパメラとサラの二人を話し相手に砂浜で過ごす。新たに島に来たチャントリー夫妻にゴールド夫妻、それにバーンズ将軍が彼らに加わる。チャントリー夫人は5度も夫を変えた富豪である。新しい夫チャントリー中佐と旅行中だった。談笑する一同だが、彼らを見てポアロは砂に三角形を書く。ダグラス・ゴールドはヴァレンタイン・チャントリー夫人に惹かれ始めているようだった。チャントリー夫妻とダグラス・ゴールドと、三角関係が形成されていく中、チャントリー夫人が毒を盛られて殺されてしまう。
本書は中編が収録されているためもあって、本作はちょっと見劣りがする感じがある。作品の規模が小さく感じられるけれど、普通に短編小説として読める作品である。
事件は作品がほとんど終わりに近いところで発生し、瞬く間に解決に至る。ポアロには真相がお見通しだったのだ。
ポアロは語る。「犯罪者に共通な悪い癖を頭に置いてなけりゃいけません」と。「自惚れというやつですよ! 犯罪者は自分の犯す犯罪は、絶対に失敗しないと思い込んでるもんですからね」と。犯人にとってはこの自惚れが失敗の元である。
最初に登場する女性たち、特にパメラ嬢などはほとんどポアロのお喋り相手の役回りしかない。パメラは人間観察が面白いという。人間ほど底が知れないものはないと彼女は言うのだが、ポアロはそれを否定する。続いてポアロの人間観が語られる。
「どんな人でも自分の性格の中にないことをするってのは、めったにありませんよ。人間なんて、つまるところ単純至極なものなんです」と言い、続けて「性分なんてものは、想像以上に同じことを繰り返すもんですよ」と言う。面白い。
何が面白いかというと、心理学的に言えば、パメラ嬢は個性記述的研究をやってるのに比して、ポアロは法則定立的研究をやっているということになる。両者はやはり水と油なのかなと、この二人の会話を読んでいて、あらためてそう思ってしまった。
さて、以上で収録されてる4話を読んだ。それぞれの作品はそれなりに面白く読めるが、一長一短もある。中編というのがちょっと中途半端な分量という気がしないでもない。もう少し楽しみたい(もう少し長かったらいいのに)とか、ちょっとの時間で読み切れなかったり(もう少し短かったらよかったのに)とかいった場面もあった。
まあ、それはあくまでも僕個人が経験したことなので、そういう経験をしない人は面白く読めるのではないかと思う。
僕の唯我独断的評価は、まあ、3つ星半くらいにしておこうか。悪くはない。
<テキスト>
『死人の鏡』(Murder in The Mews)アガサ・クリスティ(1931年)
小倉多加志 訳
ハヤカワミステリ文庫
(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

