12月14日:一日遅れのブログ 

12月14日(日):一日遅れのブログ 

 

 ちょっとはブログも書いておこう。14日の日付だが、実は15日の早朝に書いている。なぜ翌日の早朝になったのかは読めば分かる。 

 

 昨日(13日の土曜日)の晩から今朝にかけては深夜勤務だった。師走のこの時期は客が減るものである。8時間勤務で、通常なら1時間の休憩がもらえる。今、この休憩時間中も仕事をしないと終わらないという状況が続いている。それがイヤでたまらないのである。つまり、シフトに入ると強制的に1時間ただ働きする羽目になるわけだ。それが昨日は30分も休憩が確保できた。まだいい方だ。客が少なかったことでかなり助かったのである。 

 休憩を犠牲にしなければならないのは、仕事量が多いということが挙げられる。もう一つの要因として相方がある。相方の勤務時間によって変わってくるし、相方が誰であるかによっても異なってくる。二人バアさんがおって、この人たちと組むと終わりだ。バアさんたちが悪いというわけでもないんだけれど、あの人たちは深夜勤する資格がないと僕は思っている。品出しとかをできないっていうのは致命的だ。全部を僕がこなさなければならなくなる。これが若い人だと分担できるのだ。まあ、そんなことを僕がとやかく言ってもしょうがない。あの人たちを雇っているのは経営者だ。イヤなら僕の方から辞めるさ。 

 

 朝6時に勤務を終えると、駅まで直行した。それから高槻まで出てきた。いつもより早い時間に職場入りできた。なかなかいいスタートを切ったなと思う。 

 道中買っておいたカップ麺をこしらえる。腹が減ったら「ペヤング」だ。一日1ペヤングルールを守れば一気食いしてもいいことにしている。ところがである。お湯を入れて3分待つ間に本を手に取ってしまった。感覚の上では少し読んだつもりだけれど、それなりの時間が経過していた。 

 まあ、「ペヤング」の重いこと。お湯を捨てようにも、ほとんどお湯が出てこない。麺がすべて吸収したのだ。締まりのない麺にソースをぶっかけて食するも、麺の表面積が増幅した分、ソースが不足した感じとなる。要するに、締まりのない薄味のやきそばを食べたというわけだ。おとなしく3分待ってればよかった。 

 

 腹がふくれると作業開始だ。早い時間にサイト作業を済ましておく予定だった。 

 2018年頃に書いた「動画広告完成記念コラム」を公開していこうと思う。今日は6ページほど公開できた。予定ではその倍は公開したかったけれど、しつこいくらいに僕が言ってることだが、このHPのシステムがポンコツで膨大な時間がかかるので、予定量までは至らなかったのだ。 

 このコラム集は未公開だったはずだ。動画広告自体がボツになったので、コラムの意味がなくなってしまったのだ。もっとも、広告は僕の方からボツにしたのだけれど。 

 先日、それを読み直してみると、まあ、内容的に問題があるわけでもないので、存在しない動画広告の記念コラムを公開しようと思い至ったのである。 

 と言っても、そのまま公開するというわけにもいかない。内容は変えなくても、誤字脱字や日本語として不明瞭な箇所などもあるし、表現を改めた方がいいといった箇所もある。そうした修正や校正をしてからの公開となる。今日は3ページずつ、2回にわけで公開作業をしたことになるが、それだけで4時間近くを要した。 

 

 午後から少し休憩を挟もうと思う。スマフォを取り出すと、どういうわけか反応しない。電源はつくのだけれど、画面がフリーズしてしまったようだ。ああ、また故障かと思うと気が重くなる。 

 故障だったらたいへんだ、また修理に出さないといけない。とにかくショップへ持っていこう。あまり外を出歩きたくない気分だが、仕方がない。センター街のショップへ向かう。ショップの店員さんに説明する。再起動したら直った。大したことなくてよかった。でも、どうやって再起動させたのか訊いておくべきだった。今後こういうことが起きた時のために知っておきたかった。我ながらこういうところがヌケてるなと嫌気がさしてくる。 

 

 スマフォが直ると、とにかく早く戻りたかった。 

 ラーメン屋「魂心家」の前は学生が行列を作っている。ああ、ウザい。日曜日なのになぜこんなに学生が、とも思ったが、そうか、きっと部活か何かがあったのだろう。ここは学生にはありがたい店だろうな。ライスが食べ放題っていうんだから。 

 どうでもいいことだが、ラーメン屋で「家系」などと括られているけれど、そうか、「魂心家」みたいに屋号に「家」がついているからか、と改めて認識した。ホントにどうでもいいことだ。 

 

 職場に戻る。ここはやっぱりミョーに落ち着く。20年もここで過ごしているからだろうか。誰にも邪魔されない自分だけの空間という感じがして、実にいい。ここは手放したくないと改めて思う。 

 お昼どきだけれど、早朝に通常でも大盛りのペヤングをさらに増量させて食べたので腹も空かず、昼食抜きで作業を進めることにした。午後からは勉強したり本を読んだりしようという計画だった。できるだけ当初の計画を遂行する。 

 フロイトと精神分析関係の本を読み直している。フロイトの著作も読むけれど、関連図書も並行して読む。クララ・トンプソンの『精神分析の発達』が実にいい。今週はこの本を中心にして読もうかと思う。 

 ミステリはクイーン『ハートの4』を読み始める。ずいぶん昔に読んだきりの本だ。若い頃に読んだ本をもう一度読み直したい。当時と違った感想を持つだろうか、当時のことを思い出すだろうか。それはともかく、クイーンがやっぱりいい。他の著者の作品とクイーンとを交互に読んでいくことにしている。いくら好きでも連続で読むと飽きるかもしれないからだ。 

 

 夕方になる。さすがに疲れてくる。一休みがてら音楽を聴く。ジャズを聞く。ジャズのこともブログで展開したいと思っている。すでにそれなりの原稿が溜まっている。そろそろ公開してもいいだろう。 

 ブログでもそうだし、サイトの方でもそうだ。ある程度原稿が溜まってから公開作業をしたいと思う。それで溜めていると、こんどはストックが多すぎて頭が混乱してきて、一気に公開してしまおうって気持ちになる。溜め込んでは一気に放出するなんて、肛門期固着の典型的なパターンだな。 

 音楽は、最初はCDを聞いていたのだけれど、後からYouTubeに手を出してしまう。決して手を出してはいけないツールに手を出してしまった。好きなミュージシャンのPVやライブの動画などを見る。聞きたかったアルバムや曲などにも手を広げる。 

 そういうのが手軽に聞くことができるというのは、最初はありがたいと思ったものだが、だんだん感激が薄れていく。欲しかったレコードを買った時の喜びってのは今でも忘れられないのだけれど、こうして検索したら出てくる時代になると、そんな喜びの場面が人生から失われていくようで、なにか虚しい。 

 情報氾濫ニヒリズム至る思う音楽情報が氾濫すると音楽に対するニヒリズム生まれる思う。性情報が氾濫すると性的ニヒリズムが発生すると思う。YouTubeを長時間市長した人が経験する虚しい感じであるとか、空虚感を覚えるということは、すでにニヒリズムに陥っているのだと僕は考えている。 

 気が付くと21時になっていた。こりゃイカン。YouTube時間が長すぎた。そそくさと帰路に就く。 

 

 駅での待ち時間もなく、比較的スムーズに帰宅できた。22時前には帰宅していた。両親がこしらえた夕食を食させてもらう。振り返ってみれば、早朝の1「ペヤング」以来何も口にしていない。確かに腹が減っていたが、空腹であることにも気づいていなかった。こういう自己覚知の低下は要注意だ。 

 食後、タバコを買っておくのを忘れていたことに気づく。面倒だけれど、もう一度外出してタバコだけ買いに行く。 

 さあ、もうひと頑張りだ。勉強の続きをこれからやるぞ、と机に向かう。 

 

 正直に言おう。寝たのである。いつ寝たのか分からない。気が付いたら起床していたといった感じだ。床に雑魚寝していた。確かに24時間以上寝ていないんだから、眠たかったのは確かだ。起きたのは(というか意識を取り戻したのは)朝4時ころだった。それからこのブログを書いている次第である。当初の計画では、今日の最後にブログを書くことになっていたのに、そこだけは計画が狂った。 

 そういう次第で、昨日のブログを今日のこととして書いているわけである。 

 

 深夜勤務は別として、それから後はずっと一人だったな。 

 ケータイショップへ行くっていうのだけが想定外だった。でも、あの女性店員さんは慣れた手つきで手際よく再起動してくれたな。おかげで助かった。もう、それだけであの店員さんを好きになってしまいそうだ。 

 あの人たちからすれば大したことではなかったかもしれないけど、僕にはそういう知識や技術がないものだから、ちょっと尊敬してしまう。 

 思うのだけれど、知っているっていうことはプロフェッショナルの条件の一つだ。あの店員さんはプロの仕事を見せてくれた、そういう感覚がある。それでも真の意味でのプロとは呼べないかもしれないんだけれど、素人目から見れば十分プロの仕事に見える。 

 知っていても、つまり、知識があっても、プロとみなされない職種ってのもある。カウンセラーなんかその最たるものだと思う。こっちに知識があるほど、反発されたり批判されたりするなんてこともある。あるいは知識があるほど敬遠されるなんて例もある。なぜ反発や敬遠が起きるかというと、その人の有している知識とは異なるからである。異種のものは同化したくないなどという構えの人たちなんだろうか。まあ、そんなこと考えても仕方がないか。 

 

 昨日のブログを仕上げたので、さて、今から今日の計画を実行するか。 

 

(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

 

 

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