10月27日:ミステリバカにクスリなし~『ビッグ・マン』 

10月27日(月):ミステリバカにクスリなし~『ビッグ・マン』 

 

 リチャード・マーステン著『ビッグ・マン』を読んだ。著者の名前を聞いてピンときた人はなかなかのミステリ通だ。これはエド・マクベインのペンネームである。 

 そもそもマクベインがペンネームだ。この人は5つの名で小説を書いている。エド・マクベイン名義では87文書シリーズを書いている。カート・キャノン名義では酔いどれ探偵シリーズだ。エヴァン・ハンター名義では、「暴力教室」「逢う時はいつも他人」などといったミステリ以外の作品を書いている。ハント・コリンズ名義のものは僕は読んだことがないので分からない。もう一つの名がマーステンだ。 

 本書巻末の解説を読むと、リチャード・マーステン名義で実にさまざまなジャンルの作品を書いている。普通小説から児童小説、SF、ハードボイルドなどである。どの名義で出すか迷った時のペンネームじゃないかというくらい雑多である。 

 本書『ビッグ・マン』は1959年発表のマーステン名義では7冊目に当たる。どんな作品か内容を少し追っていこう。 

 

 主人公はフランキイというチンピラである。友達のジョッポに誘われて自動車強盗を働くが、警察に追われる羽目に陥ってしまう。フランキイは偶然手に入れた拳銃で警察と銃撃戦をやらかし、足を負傷してしまう。 

 負傷したフランキイをジョッポはアンディのところへ連れていく。アンディはミスター・カーフォンの組織の幹部である。フランキイはここで組織と関係することになる。さらに、アンディの妻シリアとも出会うことになる。 

 もぐりの治療を受け、回復したフランキイは、拳銃を使いこなすことが買われて、カーフォンの組織に入ることになった。彼の野望は組織の幹部にのし上がり、カーフォンのような大物になることだった。 

 フランキイの最初の仕事は倉庫を襲うことであったが、彼は不手際をやらかしてしまう。野望実現の道のりはまだまだ遠い。その間に、彼はシリアと関係を深め、さらには幼馴染のメイとも交際を始める。 

 その後、フランキイは頭角を現し、組織を脱会したアンディの後釜として幹部となる。メイとも結婚する。金さえ稼げば呑んだくれの母親にいい暮らしをさせてやることもできる。しかし、メイは彼の仕事に反対し、組織から抜けるよう説得し始める。夫婦の仲に亀裂が生まれる。仲間であるウィールズの裏切りから逮捕され、ムショ送りにもなる。それでもフランキイはひたすら野望実現に向けて突っ走る。 

 

 本書は260ページほどの作品である。フランキイが組織でのし上がる過程にもっとページを費やしてもよかっただろう。最初は銃を手にすることさえ抵抗のあったフランキイだったが、盗品を捌いた金をくすねているギリシャ人オシクラスを脅す場面では、立派なマフィア員に「成長」している。いきなり成長したので、読んでいてびっくりだ。分量が少々増えても、その「成長」過程が描かれていた方が良かったと思うわけだ。 

 あと、いくつかの印象深い場面を記しておこう。 

 

 仲間であるはずのウィーズルがフランキイを裏切る。二人はある宝石商に忍び込んだのだが、警察のパトロールがあると、ウィーズルはフランキイを殴り倒し、自分だけ逃走する。いつかのポーカーでの因縁を彼は晴らしたのだ。そうしてフランキイだけ逮捕された。ミスター・カーフォンは腕のいい弁護士をフランキイにつけてやるのだが、この弁護士が本当に腕がいい。フランキイは、強盗に入ったのではなく、強盗を防ぐために宝石商に入ったのだという絵を作り上げていたのだ。そういう手があったなんて、僕は思いつかなかった。 

 

 組織のナンバー・スリーまでのし上がったフランキイだが、かつて助けてくれた恩人のアンディと、その妻であり関係さえもったシリアを、彼は自らの手で殺めなければならなかくなる。 

 母親を助けようとするも、その母親からは絶縁されてしまう。 

 組織にとって危険な存在となっていた妻のメイでさえ、彼は組織のために暗殺する。 

 今や、彼は自分の野望を実現したのである。その代償は何だっただろうか。心の平安ではなかろうか。かつて、彼が幹部の座を狙ったように、後から入った新入りが自分の座を狙うようになっている。かつて自分がアンディを殺したように、いつか自分も暗殺されることになるのではないか。フランキイはその恐れを一生抱え、誰も信用できず、いつか来る刺客を怯えながら生きなければならなくなったのだ。 

 マフィア員になること、あるいは権力や力をもつことがどういうことであるかを、本書を教えてくれるかのようだ。 

 

 また、マーステン(マクベイン、ハンター他)は「不良」を描くのが相変わらず上手いなと思う。こういう人物を書く時の筆がじつに生き生きしているように僕には感じられる。また、そういう人物、つまり、フランキイのような人物を理解したい時には、マーステン(マクベイン、ハンター他)の作品はよきテキストになるかもしれない。 

 

テキスト 

ビッグ・マン』(The Big Man)リチャード・マーステン著(1959年) 

 創元推理文庫 

 

(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

 

 

 

 

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