1月25日:お別れ 

1月25日(日):お別れ 

 

 今日は夜勤の間中、Oさんのことを考えていた。今日がOさんの最後の出勤日だ。最後に一目会って、お手伝いしてお別れしようかと思っていた。最後に少しでも役に立ちたい気持ちが強くなった。 

 ところが現実はそれを許してくれない。今朝は6時まで勤務して、3時間ほど寝て、朝10時には起き、昼前に高槻の職場に着いていなければならなかった。とても彼女の勤務時間に訪れる余裕はなさそうだった。 

 Oさんとは友達でいたいと思う。それ以上の関係は望まない。Oさんのことは好きだけれど、関係が深くなるときっと僕の方が耐えられないと思うかもしれない。いや、きっとそう思うだろう。好きだけれど、合わないところも目につくことが多い。 

 でも、女々しいことは言わないでおこう。別れる時はキッパリ別れるのが一番だ。 

 

 さて、高槻に到着する。まず電気のトラブルから解消だ。なんだか11月分の電気料金が未払いであるらしい。僕は支払った記憶があるのだけれど、勘違いだろうか。その問題から解決する。 

 次にパソコンのことをしなければならない。昨年、ウインドウズが10から11にバージョンアップしたが、パソコンの方もそれに適した設定にアップデートしなければならない。それをどうすればいいのか僕は分からず、そのまま「10」で使用していた。近頃、それでは少々困ることが出てきたので、とにかくバージョンアップすることにした。 

 設定を開いて、指示されるとおりに操作する。その指示内容が分からないといったトラブルも発生する。それでも、どうにかこうにか最後までこなす。これで再起動すれば完了だ。 

 ところが再起動させるとエラーが発生した。なぜだか分からない。もう一度電源を落として、Wi-Fiを外して、起動させてみる。今度は起動した。それからWi-Fiをつなぐ。何か告示が出るだろうか見守る。どうも大丈夫なようだ。 

 ネットを開いてみる。普通にインターネットは使えるようだ。どうやら問題はなさそうだ。それで、結局、ウインドウズ11にできたのかどうかは不明だ。 

 そろそろHPの公開をしたいので、とにかくネットが使えるようになったのは助かった。近いうちに公開作業に取り組もう。未公開の原稿が溜まりつつあり、なんとかしなければと思っていた矢先のトラブルだ。 

 

 電気の方は30分もあれば解決できたものの、パソコンの方は2時間以上かかった。その後、面接を控えている。面接開始前に終えることができたのはラッキーだった。下手をすると作業を中断して面接しなければならなかったかもしれない。 

 

 面接は無難にこなす。伝えたい内容は頭には浮かんでいるのだけれど、それが言葉になっていかない。それを言おうとすると、まとまりのない内容になり、何を伝えたいのか漠然となってしまう。僕の悪い病気が始まった。言葉が出ないのである。カウンセリングをやっていく上で、これが一番の悩みだ。 

 

 面接後は、再びパソコンを調べてみる。「11」にバージョンアップできていなければ、「ウインドウズ11にバージョンアップしてください」的な告示が入ってくるはずであるが、今のところそういう表示はない。どうにか完了しているのかな。 

 それでHPのことをやるのかというと、時間が中途半端だという理由で本を読んで過ごす。HP作業するにはまとまった時間を確保しなければならないのだ。 

 

 21時半ころ職場を後にする。それから行きつけの飲み屋に顔を出す。今年になって初めてそこに顔を出す。この店の顔なじみの女性が二人来た。その二人と少しは会話も楽しんだ。僕はもともと静かに飲みたいタイプだ。Oさんのことが頭にあったので、彼女たちと会話するのも、なんとなく気が引ける思いがする。でも、こうして親しくしてくれる女性もいるのだから、僕の人生もそんなに悪くないか、といった気持ちになる。 

 限りなく終電に近い電車で帰宅する。明日、Oさんにはお別れの言葉だけでも伝えておこうという気持ちになった。このままOさんの前からフェードアウトしていこうかと思っていた。何も言わずに別れようかと思っていた。でも、やはり、最後はきちんとしておこうと思った。明日一番にそれをしよう。 

 

 この年齢になると恋愛なんかも無縁だし、結婚なんて考えてもいない。それでも常に好きな人がいるといいなと思っている。好きな人がいると張り合いがでてくるし、人に対して優しい気持ちが生まれる気がする。今後、好きになる人がまた現れるだろうか。この人のためにちょっと頑張ろうとか、この人がいるから耐えようとか、そういうふうに思える人といつかまた出会えるだろうか。 

 若い頃だったらそれに肯定的な答えを出していただろう。きっといつかまたそういう人と出会えるさなどと思えたことだろう。この年になると、だんだん希望が薄くなっていく。これが人生最後だったのではないかなどといった否定的な答えがすぐに浮かんでくる。年は取りたくないものだ。 

 いや、年齢を取ることではなく、残りの人生が少なくなっていくことの方が悲しいことだ。なんだか、今日は一気に老け込んだ気がする。 

 

(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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