8月12日:ミステリバカにクスリなし~『エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン10号』(1)

8月12日(火):ミステリバカにクスリなし~『エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン10号』(1) 

 

 早川書房から出ている「EQMM」だ。現在の「ミステリマガジン」の前身だ。僕は何冊か所有している。こういう古い文芸誌は所持しているだけで価値があるというものだが、やはり買った本は読まれなければならない。ということで、一冊、手あたり次第にチョイスした。手にしたのは第10号で、1957年4月号である。8編の短編が収録されている。 

 

1「情熱なき犯罪」(Crime Without Passion)ベン・ヘクト 

 別れ話のもつれからヒステリーを起こした情婦のブロウニィを殺してしまった弁護士ヘンドリックス。殺人罪に問われたくないヘンドリックスは、アリバイを工作することにする。陪審員に無罪を言い渡せれば勝ちである。弁護士の経験から、ヘンドリックスは巧みにアリバイ工作をしかけていくのだが、想定外の目撃者に注意を怠ってはいけない。そういう目撃者の証言が有罪の決め手となるからだ。 

 本作は、著者自身の脚本で映画化にもなり(僕は未鑑賞だ)、他のアンソロジーなんかにも収録されるほどの名編である。僕も過去に何度か読んでいるのだけれど、内容の方はすっかり頭から消え去っていた。今回、読み直してみると、やはりよく出来た作品であることが分かる。 

 ヘンドリックスはアリバイ工作を仕組んで、一つの「絵」を作るわけだ。裁判になった場合、陪審員はその「絵」を信用するはずである。ところが、想定外の目撃者が現れる。面白いのは、この目撃者の証言によって、その「絵」が全然別の「絵」になってしまうところである。 

 

2「埃だらけの抽斗」(The Dusty Drawer)ハリィ・ミューヘイム 

 植物学者ノーマンと銀行頭取トリットとの間では200ドルのトラブルが起きていた。ノーマンは彼の200ドルをトリットがくすねたと疑っているが、トリットの方は白を切っているようにノーマンには見える。ある時、有価証券を現金化するためにトリットの銀行を訪れたノーマンは、そこのデスクに目立たない抽斗があるのを見つける。開けてみると埃だらけであり、誰もこの抽斗の存在を知らないようだ。この引出が引き金となって、彼は一計を案じてトリットに復讐する。 

 なかなか面白い作品ではある。著者はこれをテレビドラマ化したそうである。植物学者というのが金のかかる商売なのかは僕は知らないんだけれど、こうした復讐はかなり執着的な人間でないと実行できないものだという気がする。そもそも、その復讐によってノーマンがびた一文儲かるわけではなく、むしろそのための出費が要されるほどである。純粋に復讐心だけでトリットを罠にはめていくところは、いささか怖い気がしてしまう。 

 

3「俺が殺ったんだ」(I Killed John Harrington)トマス・ウォルシュ 

 銀行から帰宅途中のワルター。ジョン・ハリントン殺害犯ルイ・マリオンが今晩死刑に処せられるという記事を読んでいる男にワルターは言いたかった。「ジョン・ハリントンを殺したのは俺だ」と。彼は周りの人すべてにそれを告白したかた。妻に対してでさえ事実を打ち明けたかった。5時間後にはマリオンの死刑が実行される。ついに、彼は家を出て、州判事マーティン・ウォースを訪問し、ジョン・ハリントンを殺したのは自分だと自白する。慌てたのはマーティンである。そうであれば無実の人間を死刑台へ送ったことになる。マーティンはこの事件を担当した警官パウェルを呼び出す。マーティンとパウェルの二人はワルターを事件現場に連れていき、ジョン・ハミルトン殺害の状況をワルターに再現させることにする。 

 ファンというほどではないんだけれど、僕はトマス・ウォルシュの短編がアンソロジーなんかに入ってると、ちょっとばかり期待に胸が膨らんでしまう。僕の中では面白い作品を書く人だという認識が出来上がっている。本作も一読忘れがたい印象を残す。 

 まず、被害者のハミルトンは悪質な高利貸しであり、犯人と目されているマリオンはごろつきときている。そうした悪人いる一方で、自分の罪を洗いざらい打ち明けてしまいたい、そして、無実の人間が死刑になるのが心苦しいとなどと思うワルターがいる。そんな善良なワルターが真犯人であってほしくないという期待が読み手に生まれる。そして、その期待通りに筋が運ぶのが嬉しい。通常の推理小説は犯人を推理するものだが、本作は容疑者の無実を推理していくことになるという、ちょっと変化球的なミステリでもある。 

 

4「牧歌」(Pastorale)ジェイムズ・M・ケイン 

 バービィは死刑になるらしい。自分はすごく頭がいいと思っていたせいだ。 

 バービィはろくろく仕事もできず、自堕落な人間である。リダもまたそういう女だった。リダは、農園が気に入ったのだろうか、その農園の所有者の老人と結婚し、身籠る。バービィとリダがあの老人を殺して財産を奪おうと計画するのは、リダが町に帰ってきてすぐのことだった。バービィは前科者のハッチを相棒にする。バービィとハッチの二人は老人の家に向かい、ハッチは老人を殺す。しかし、予想していたほど老人が大金を貯めこんでいなかったのを知ると、ハッチの怒りの矛先はバービィたちに向けられた。 

 バービィとハッチの言動が淡々とした、乾いた文章で綴られているのが印象的だった。ここには人生から一切の価値を失った人間の姿があるように僕は感じた。 

 

 

5「自供書売ります(£5000 For a Confession)J・L・ビーストン 

 ウエストラムがイエロークラブの談話室に入るや、「バーバスカはどこに?」と尋ねた。その場にいた面々はウエストラムの話に耳を傾ける。ウエストラムの親友は殺人罪で拘置されている。彼は親友の無実を晴らそうとしていたのだ。彼には誰が真犯人であるかの確信があるが、決定的な証拠がない。そこで彼は真犯人に自供書を書かせ、それに5000ポンド支払うという条件をつけた。そして、自供書を警察へ提出するまでに一週間の猶予を犯人に与えることにした。バーバスカは自供書を書き、5000ポンドの大金を持って逃走することにするが。 

 著者のビーストンは1920年代に活躍した作家であり、単行本未収録の短編が多数あるという。本編もそうした未収録作品かもしれない。いずれにしても、当時(1957年時点)ですでに一時代前の作家という位置づけである。そして、やはりその時代の作家であり、その時代の空気にあふれた作品であるという印象を受ける。やたらとドンデン返しが用意されているのが特徴的だ。面白いことは面白いのだが、そこまでひっくり返さなくてもと思ってしまったりもした。 

 

 以上、本号収録8編のうち最初の5編を読んだ。残りの3編は、その他の読み物と一緒に、次項に綴ることにしよう。 

 

(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー 

 

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