11月27日(木):今日はこれくらいで
昨晩から今朝にかけての夜勤は散々だった。毎週水曜日は途中からワンオペになる。ワンオペになるのは構わないけれど、その分、全部を一人でこなさなければならなくなるのだからたいへんでもある。
今日、本部からチェックが入るとのことであった。定期的にこのチェックは行われる。そこで店が採点されてしまうのだ。できるだけいい点数をとるためだろう、いくつものことを今晩中にやってくれと指示が出ていた。一つや二つの指示ならゆるせるけれど、9個も10個も指示がだされていたら途方に暮れる。出勤して、真っ先にそのメモが目に入り、一気にテンションが下がる。これ一晩でできるだろうか、と不安にもなる。
通常の業務に加えてそれらの指示項目をこなさないといけないのだ。そして、できる限り残業なんてしたくない。シフトは朝の6時までだから、6時にキッチリと上がりたい。サービス残業などしてなんの得があろうか。
指示項目のことをやる。大半は清掃関係だった。店内をきれいにするのは僕も賛成だ。でも、そういう時に限って、店内でカップスープをこぼすのが出てくる。普段はたむろしない連中が駐車場でたむろしてゴミをまき散らす。床をきれいにしたと思ったら、汚れた靴で歩き回るのが出てくる。その都度、やり直したりする。いい加減アタマに来る。
指示項目の一つにプライスカードをつけることというのがあった。100アイテムくらいでプライスカードがついてなかった。それを一つずつ付けて回る。これだけでも結構な時間がかかる上に、それらはすべて食品関係のものだった。日用品関係の方は時間がなくて手つかずで終わったが、そこまで見ると、きっと150アイテムくらいになるのじゃないかと思う。やってられなくなる。
そもそも本部のチェックが入るという当日になってそんなことをやらせるのが間違いのもとである。数日前からチェックに備えて取り組んでいればよかったのだ。当日はその確認ないしは抜け落ちてる箇所の補足程度にしなければならない。そうでないと、不測の事態が起きた時、後から手抜かりが見つかった時などに、とても対応できなくなる。
これはつまり、その店の計画性のなさが露呈しているということだ。大体においてこの店はそういう傾向がある。商品の入荷に関してもそうである。大量に仕入れて、そのアイテムをどこに置くかといったことは示されず。いわばその時の従業員に丸投げされている感じである。こういうのが本当に腹が立つ。
結局、本来なら1時間確保されるはずの休憩時間も15分くらいしか取れず、残りの45分は無料奉仕したことになる。バカバカしいことこの上ない。でも、そこで詰め込まないと残業になってしまう。要するに、勤務時間内で処理できる以上の業務を押し付けられているというわけだ。僕はそのように受け取っている。
この店を辞めていった何人の人からも同じような訴えを僕は聴いている。つまり、店側がそれをすると、従業員が辞めていくという前例がしっかりあるわけである。その同じことを、改善されることなく、今でも続けているということなのだ。
今日、特に3時以降は走り回ってばかりだった。新聞、雑誌、パン、日配品は4時から5時までの一時間で無理矢理こなした。その頃には膝が痛みだしていた。5時から床清掃をし、カウンター清掃をし、100アイテム近くあるプライスカードを一個一個切り取っては取り付けていったのだ。早朝になると客も増えてくる。キレそうになった場面もあった。
6時になって、交代の人が来ると、すぐに帰ってやった。店頭の清掃や灰皿交換など、やってられなかった。その時点で、僕はこのローソンを辞める覚悟がついていた。
仕事がキツイというわけではない。少々のことであれば、キツイことでも耐えられる。仕事もしたくないわけではなく、どちらかと言えば好きな方だ。問題はそこではない。
問題は、ここで自分に鞭打って頑張っても、それがどこにも実らないという状況にある。例えば、今日、100アイテム近くの数のプライスカードをつけた。それで終わりということにはならず、しばらくすると、また同じような状況になってしまうのだ。そして、再び同じことを繰り返すことになる。そういうのが面白くない。頑張ったこともすべてその場限りで終わってしまうのだ。
一昨年になるか、人手が極端に少なかった時期があった。もう少しの辛抱で人手が増える、実際に応募があり、採用しているということであった。それなら、それまでは無理して頑張ろうという気持ちにもなる。実際にそうなった。もう少し自分が頑張ると、状況が変わってくるという希望も生まれた。では、その状況が訪れたかというと、そうではなかった。人手不足はそのまま続いた。新しい人が入っても、これまでいた人が辞めていったからである。おそらく、その人たちは前々から辞めたかったのだろう。次の人が来てから辞めようと考えていたのかもしれない。
こうして、苦しいことに耐えたのだけれど、その忍耐はどこにも結実せず、それこそただ耐えただけで終わったのだ。この無意味感に嫌気が指している。
それに、苦しい状況を甘受するだけというのは、それはマゾヒスティックな生き方となる。苦しいことを回避したいというわけではなく、そういうマゾヒスティックな生き方を捨てたいと僕は願うわけである。
どこか僕を雇ってくれるところがあれば、そこへ行きたい。最初は一つ所で働いて、ローソンは半分に減らし、新しい所で慣れてきたら、二軒目を探し、そこでこのローソンとは縁を切ろうと思う。もちろん、ローソン自体が悪いわけではないので、その点は強調しておこう。あのローソンに問題があるのだ。
先日、Oさんと久しぶりに顔を合わせた。僕は会わないようにしてきた。会うと未練が生まれそうだった。会わずにいて、印象というか僕の中での重要性を減少させて、そのまま分かれようという計画だった。会うと、案の定、情にほだされてしまう。
彼女もこのローソンを辞める意向を示した。彼女は僕よりも一歩先んじていて、すでに他のところで働き始めているという。辞める時はOさんと一緒に辞めたいものだ。少なくとも、僕が先に辞めるという事態は避けたい。なんとなく、Oさんを見捨てたような気持に襲われそうだからだ。
ああ、まだまだ言い足りない。胸の中にまだまだ詰まっている。すべて吐き出してしまいたいっていう気持ちもあるんだけれど、今日はこれくらいにしておこう。このブログだけで時間を取るわけにはいかない。僕にはまだまだやること、やらなければならないこと、やりたいことがある。ローソンのことで時間を潰してしまうのは止めよう。それをするとますます自分がイヤになってきそうだ。
(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

