1月13日(火):事故に遭う
今日は最初から散々だった。
夜勤をしたが、けっこうハードだった。6時に終えて、できるだけ速やかに店を出て、6時30分には駅に着き、7時ころには高槻に到着していたかった。そこから準備等で30分ほど要するので、7時30分に作業開始といきたかった。
ところが6時には上がれなかった。早朝勤務者(この人とはできるだけ顔を合わせないようにしているのだが)がいつもより早く来たのだ。この人は何かと仕事を言いつけてくるから不快だ。今朝も勤務終了しているのに作業を指示された。時間外労働、無償残業の強制でしかない。
そのため6時半ころに店を出た。そこから駅に向かう。予定より遅れたという意識が強く、急いでいた。
駅の途中に交差点がある。右方向から車が来ているのは見えていた。交差点手前で減速したように見えたので、僕は横断した。ところが、その自動車は停まるところか衝突してきた。立派な交通事故である。
僕の上半身右側に車がぶつかって来た。僕はよろめいた。左足で踏ん張ろうとしたが、こちらは悪い方の足で、力が入らない。フラフラするが、倒れてなるものか、と意地でも踏ん張り、かろうじてバランスを取り、とにかく転倒だけは防いだ。なんとなく倒れたらお終いだ、みたいな感覚があった。
そうこうしているとその車が停車して、中から運転手が出てきた。どんな野郎が運転してやがったのか見てやろうと思った。作業服を着た男だった。
運転手は車から出てくるなり「左右見て渡らな危ないやんか」といったことを口にした。何を言うかである。あんたの方こそ交差点の手前で減速したのか、歩行者優先やぞ、と僕は思った。
その後、彼は大丈夫かなどと声をかけてくる。僕は無言で彼を凝視する。僕は終始無言を貫く。どうして無言でいるのかというと、心理的に優位になるからである。彼はいくつか言葉をかけ、最後にまら「左右見なアカンで」とまた言って去って行った。
こんなことでまた時間を食った。僕は駅に向かう。どうも調子が良くない。右上半身に打ち身の痛みがある。それほどひどい痛みではないものの、ここが痛いってピンポイントで指せなくて、全体的に痛いという体験だった。
それから頭がフラフラする。衝突の衝撃で脳震盪でも起したか、それとも単に寝不足か、なんとも判然としなかった。ともかく、一回小休止を挟もうと思い、駅近くのコンビニへ寄ることにした。少しだけ迂回することになるが、一服したかった。
そのコンビニ店頭の灰皿で一服する。そう言えば、先週、この場所で自動車事故を目撃したのだった。このブログでも書いたな。あの時は運転手がハンドルを切ったので僕には被害はなかった。今朝はついに車と衝突した。次はいよいよ轢死か大怪我か、そんな予感に襲われてくる。
そして、ようやく電車に乗れた。車内で本を読もうとしたが、読んでいると睡魔に襲われ、内容が頭に入らなくなってきたので、読むのを中断した。頭はまだフラフラした感じが残っていて、そのことも影響している。それに早朝勤務者といい、先ほどの運転手といい、やたらと妨害された気がして、内面が騒がしかったのもある。
職場に着いたのは8時近かった。予定より1時間ほどの遅れだ。そこから作業開始だが順調には行かない。右上半身の痛みはなくなっていたものの、なんだか痺れたような感覚は残っていた。この痺れは午前中はずっと続いた。どうも体を動かすのに支障が感じられる。頭のフラフラは間もなく消失したので、座って本を読むことにした。座ってできることをしようと決めた。
こうして午前中は座って過ごす。いつしか右上半身の痺れ感もなくなっていた。午後からは室内のことをして、外回りをする。いくつか必要なものが出てきたので、それを買い揃えておく。その途中で昼食を取る。
夕方には職場に戻る。この辺りから記憶が曖昧になる。気が付いたら床に寝転がって雑魚寝していた。寝たという記憶もない。起きたのは23時過ぎだった。えらいこっちゃと思い、急いで帰宅の準備をする。
結局、朝の8時から23時まで、外出時間も含めて、15時間も職場にいたことになる。その間になんら有益な活動をしていない気がする。予定していた作業の多くが未完了ないしは手つかず状態のままだった。なんとも実りのない一日だった。そもそもスタートが悪かったのだ。
(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

