6月15日:ミステリバカにクスリなし~『ロンドン橋が落ちる』 

6月15日(月):ミステリバカにクスリなし~『ロンドン橋が落ちる』 

 

 前週に引き続き、今週もジョン・ディクスン・カーを読む。『ロンドン橋が落ちる』をチョイス。1962年刊行の作品で、カーの一連の「歴史ミステリ」の一冊。 

 

 物語は捕史のジェフリー・ウィンがモーティマー・ラルストン卿の依頼で、卿の姪にあたるペッグ・ラルストン嬢をパリから連れ戻したところから始まる。ペッグは「鹿の園」に入っていたという。ペッグをラルストン卿に引き渡す際に、ペッグはその場を逃走する。後を追うジェフリー。 

 

 筋を追うよりも登場人物を先に紹介した方がいいかな。この作品は人物たちの相関が重要なプロットを構成するからである。 

 まず、モーティマー・ラルストン卿は富豪である。彼はペッグの結婚相手にジェフリーを考えている。 

 ペッグはラルストン卿の姪であるが、孤児であった。それをラルストン卿が引き取り、彼の兄弟の子として育てたのだ。 

 ラヴィニア・クレスウェルはラルストン卿の妾である。素性の知れないところがある女で、ラルストン卿はなぜか彼女の言いなりになっている。ペッグに対しても冷たい。本作では黒幕的な存在。 

 ハムネット・トゥニッシュはラヴィニアの兄である。騎士然としているが、実際は賭博師といった人物。ロンドン橋の老婆の家でジェフリーと決闘して手傷を負う。 

 後に登場するが、ルースヴァン・スケリ―はハムネットの友人である。蝋人形館でジェフリーを襲うが、逮捕される。その後、警官を買収して逃亡し、コヴェント・ガーデンで再度ジェフリーを襲い、ここで命尽きる。 

 ジェフリー・ウィンがこの作品の主人公であるが、捕史であるという。今で言うところの警察官と捉えたらいいだろうか。治安判事ジョン・フィールディングの腹心の部下であり、24時間以内に犯人を連れてこいとジェフリーに命じる。 

 もう一人重要な人物を挙げておこう。ロンドン橋の上に住むグレース・デライトだ。この事件の被害者であり、かつてはジェフリーの祖父の召使であったという。 

 

 さて、その場を逃走したペッグを追うジェフリー。彼はロンドン橋でペッグに追い付くが、そこでグレース・デライトの死体に遭遇する。酒場で知り合った医師ジョージ・アベル博士によるとショック死であった。 

 ところが、この事件でペッグが容疑者としてニューゲート監獄へ送られてしまう。ラルストン卿の申し出があれば釈放されるのだが、事件の翌日から卿は体を壊してしまう。ペッグの濡れ衣を晴らすためにもジェフリーは自らの手で事件を解決しなければならなくなる。 

 

 事件に至るまでの筋を大雑把に述べたけれど、物語はなかなかこの殺人事件に触れない。ジェフリーの捜査も老婆殺しそのものに向けられていないためである。むしろ、黒幕の陰謀を暴くことに主眼がある。 

 そういう背景があるので、物語にどこか軸が定まらない感じが否めなかった。事件が起きて、その事件を捜査するという流れではないわけだ。 

 もう一つ厄介なのはペッグだ。彼女が余計なアクトをするので、捜査、謎解きがいちいち中断される印象を受けてしまう。本作では、彼女はトリックスター的な役で、とかくジェフリー並びに読者を引っ搔き回す。そうしてますます物語の軸がぼやけてしまう感じがするのだ。 

 また、黒幕はラヴィニアだろうなと推測できても、それがどういう陰謀なのかがなかなか見えてこないところももどかしい。主人公が襲われたり、決闘シーンを挟むことでアクションを盛り込み、物語に躍動をもたらしていると言えるのだけれど、そうしたシーンもむしろ本筋から離れる感覚が残ってしまう。 

 加えて、18世紀中葉のロンドンを舞台にしているが、なかなかきめ細かな描写がなされていたりする。そこは作者の好みなんだろう。本作を書くに当たって、カーは当時の街並みや風習などをかなり研究しただろうと思う。ついつい描写が細かくなってしまうということもあるかもしれない。それはそれで情景がリアルに伝わってくるところもある。しかし、いささか冗長な観も否めない。 

 事件は解決する。真犯人も明らかとなる。それで物語は終わる。それでめでたしなんだけれど、ジェフリーとペッグがどうなったのかなど、ラルストン卿はじめ、登場人物たちのその後も少し欲しいところだった。 

 事件の謎解きそのものは申し分ない。作中の至る所に手がかりが散りばめられていたのに、毎度のことながら、読んでる方はまったく気づかない。密室・不可能犯罪ではないものの、プロットはよく練られているなと思う。 

 個人的には蝋人形館の場面が印象に残っている。ペッグの召使キティが、ペッグに関する情報を伝えるから、とジェフリーを蝋人形館に誘うのだ。そこでスケリ―の襲撃に遭うのだけれど、それだけでなく、偶然にも「ロンドン橋が落ちる」の子守唄をジェフリーは耳にする。この歌が殺人事件解決の曙光となるのだ。 

 もう一つ、ジェフリーとペッグの恋愛も軸の一つであるはずであるのに、どうもこちらの方は今一つ冴えない感じが残る。お互いに反発し合ったりする場面に幾度も遭遇する。なかなか関係が深まらないし、ペッグの行動でジェフリーが困らされることも幾度かある。読む人の好みで変わってくることだとは思うが、どうも僕はこういうのはもどかしさしか感じられない。 

 

 さて、以上を踏まえて僕の唯我独断的評価は3つ星だ。カーお得意の密室不可能犯罪もなければ、オカルト趣味もない(いや、ちょっとだけあるかもしれない)。それでもミステリとしては申し分ない。 

 しかし、作品全体としては凡作となってしまった。陰謀の輪郭が見えないまま読み進めなければならないことと、事件の捜査が一向に進展していないように見えること、襲撃や決闘シーンは悪くないのだけれどその都度流れが中断されるような感覚が生まれること、ジェフリーとペッグの恋愛も拘泥した感じが続くことなど、僕の中ではマイナス要素が目立って仕方がない。 

 そういうのが気にならないという人だったら面白く読める作品なのかもしれない。 

 

<テキスト> 

『ロンドン橋が落ちる』(The Demoniacs)ジョン・ディクスン・カー 1962年 

川口正吉 訳 

ハヤカワ・ミステリ(早川書房) 

 

寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー 

 

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