6月10日(水):唯我独断的読書評~『死の同心円』
国書刊行会発行のバベルの図書館シリーズの一冊。編者はボルヘス。本書はジャック・ロンドンの短篇5編を収録している。
1「マプヒの家」
南洋の島々。ここでは原住民が真珠を採取し白人たちに売って生計を立てている。マプヒは玉子大の真珠をラウルに売ろうとする。真珠の代金としてマプヒは家が欲しいと言う。交渉は決裂する。この真珠は貿易商のトリキが借金の帳消しを条件にしてマプヒから、半ば奪うようにして、手に入れる。トリキはさらにレヴィに高額でその真珠を売る。真珠を巡る取引が繰り広げられる中でハリケーンは徐々に形成され、やがて巨大な勢力となって島々を襲う。島民も白人も大勢がハリケーンの犠牲となる。
マプヒの母ナウリはハリケーンで海に漂流し、無人島に漂着する。被害に遭った死体が次々に打ち上げられる。レヴィの死体も打ち上げられた。マプヒが採取した巨大真珠をレヴィから取り戻したナウリは、手製の船で島に戻り、家族と合流する。
ざっくりとではあるが、そういう筋書だ。序文でボルヘスが述べているように、読んでいて一体だれが主人公なのか分からなくなる上に、物語の焦点がどこに当てられているのかも不明瞭だ。最後まで読んで、それらは明らかになる。
マプヒが要求する「家」の意味も伝わってくる。つまり、それは「安全」を意味していたのだと思う。彼が求めるのは安全であったということである。巨大ハリケーンに見舞われる地域なので当然であろう。
このハリケーンの描写がなかなか秀逸で、読んでいてハラハラする思いだ。ジャック・ロンドンはこういう自然描写がやはり上手だなと感心した。
2「生命の掟」
老いたコスクーシュは耳を澄ませた。エスキモーの一族が遊牧の用意をしている音が聞こえる。視力は衰えたが聴覚はいまだに鋭い。準備ができると息子である酋長が別れを告げる。こうして一族は去って行った。残されたのはコスクーシュ老人ただ一人。手元にある薪が最後の生命線。この薪が燃え尽きたら、あとは死があるのみ。静かに佇むコスクーシュ。人生のさまざまな場面が思い浮かぶ。狼の群れが通り過ぎていく。傷ついて衰弱した一匹の狼が群れから取り残されてしまう。それを見たコスクーシュは、これこそ生命の掟であることを察し、薪の火を消してしまう。
なかなかすごい内容だ。死を目前にした老人の孤独も描かれているが、何よりも、自然を前にして動物(狼)と人間(老人)の境界が消失するくだりが素晴らしい。衰弱した狼と老人とを分け隔てるものがなくなるのだ。生命はいつか死で終える、その生命の掟においては動物も人間も同じなのだ。狼は自然にその掟に従う。老人も潔く生命の掟に従うところは、静かな描写でありながら、どこがどうとも言えないんだけれど、どこか老人の力強ささえ僕は感じた。
3「恥っかき」
スビエンコフの生はここアラスカで絶えようとしていた。イワンは彼より先に先住民族たちの拷問に遭っている。あの屈強なイワンの絶叫が聞こえる。次は彼の番だ。ポーランド独立革命から数々の冒険を経て、その都度生き延びてきたスビエンコフの一生ももはやここまでか。死ぬのは怖くないが、拷問だけはなんとしても避けたい。スビエンコフは最後の賭けに出る。人生最後のペテンに賭ける。
この作品は記憶にあった。昔読んだときは手に汗握る思いで読んだのを思い出す。命がけの博打を打つほどの極限状況を描いているように僕は感じる。それだけではない。主人公は彼の首を刎ねた先住民に「恥っかき」の汚名を負わせるという仕返しまでするのだ。まさに一世一代の大博打だ。
4「死の同心円」
ウエイド・アッシェラーは死んだ。自ら命を絶ったのだ。なぜ彼は自殺しなければならなかったのだろうか。恵まれた人生を送って来たはずなのに。そんな疑問を抱いている友人ジョンのもとにウエイドからの遺書が届けられる。そこには無政府主義者たちの秘密結社による無差別殺人の記録が同封されていた。ウエイドの雇い主エーベン・ヘイルが彼らの要求を頑固として拒否し続けるために、労働者が、警官が、そして無関係な一般市民が殺され続けたのだ。彼ら「ミダス王の従者」たちの魔手はヘイルやウエイドの身近な人にまで及んでいく。そしてついにヘイル氏も彼らの手にかかって殺されてしまう。ヘイル氏の財産を受け継いだウエイドはその重圧に耐えられなかったのだ。
なんとも怖い作品だ。殺すと宣言すれば、いかなる厳重な警戒網でもくぐり抜けて目的を達成する秘密結社の存在が不気味だ。姿を見せないだけになおさら不気味だ。
5「影と光」
ロイド・インウルウッドとポール・テイクローンとは、髪の毛と目の色を除いてはまったく瓜二つの二人だった。そして彼らはお互いに執念深い敵愾心を抱きながら成長した。学生時代から二人は争い、大学で化学を専攻するやそこでも競い合う。ロイドは色を反射させない究極の黒色は不可視であると説く。物体の色が見えるのは、その色が反射するからでありそれ以外の色は吸収されるためである。だからすべての色を吸収する究極の黒色ができれば、誰の目にも見えないことになる。一方、ポールはすべての光を通過させる究極の透明は不可視であるという理論を構築する。彼らは相手よりも先に究極の影と光を作り上げようとする。この二人に挟まれた語り手は、時を同じくしてそれぞれの研究が完成したと聞く。しかし、それはロイドとポールの最後の戦いをもたらしたのだ。
二人の戦ってる姿が語り手には見えないというのも面白い。それよりも、この作品はいわゆるドッペルゲンガーをテーマにしているものであり、兄弟葛藤に端を欲するテーマである。確かにロイドとポールは仲の悪い兄弟のようにも見えてくる。ランクによるとドッペルゲンガーのようなテーマは長子、第一子が抱きやすいものであるという。そうだろうな。ある日、いきなり自分と同じようなのが家にやってくるのだから。僕のような第二子であり末子には無縁のテーマだ。すでに同じようなのが先にいる状況に生まれてくるのだから。だから僕にはこのテーマがどうしてもわからないところがある。
さて、以上で本書収録の5篇を読んだことになる。若い頃に一度読んだきりの本で、内容もすっかり忘れていたけれど、3,4などは記憶にあった。当時はすごく衝撃を受けた作品だった。他の3篇も、今読むと、かなり凄まじい内容であることに、あらためて気づく。
5篇に共通しているのはなんだろうか。僕は極限状況を挙げたい。自然の猛威に晒されたり、敵の捕囚になったり、未知の団体から脅迫されたり、それぞれのシチュエーションには違いはあるものの、一つの極限状況と捉えていいのではないかと思う。
その極限状況において、登場人物たちは「闘争」を繰り広げる。それは自然との闘いという様相を帯びることもあれば、運命や自己との闘いであったり、敵との闘いであったり、ライバルとの戦いであったりする。これらの闘争を通して、人間がいかに無力な存在であるかが僕にはひしひしと感じられてくる。
では、本書の唯我独断的読書評であるが、4つ星半を進呈しよう。面白い作品ばかりで、5話というのが物足りなく思えてくる。10話くらい収録してくれていたらもっと満足するだろうし、そうなっていたら5つ星になっていたかと思う。
<テキスト>
『死の同心円』(ジャック・ロンドン)
ホルヘ・ルイス・ボルヘス編集
井上謙治 訳
国書刊行会 バベルの図書館⑤
(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

