10月8日:ミステリバカにクスリなし~『コンドミニアム』 

10月8日(水):ミステリバカにクスリなし~『コンドミニアム』 

 

 アメリカではベストセラー作家なのに、日本での知名度はさほど高くなく、作品も大半が未訳というジョン・D・マクドナルドの長編『コンドミニアム』を読む。上下分冊で合わせて600ページの大部な小説だ。 

 

 僕は本書を若い頃に古書で購入した。これまで2,3度トライしたが毎回挫折した。心残りを残さないためにも今回は頑張って最後まで読み通した。 

 この作品で挫折してしまう一番の要因は、特定の主人公がいないことに尽きる。誰に感情移入していいやらわからないし、誰を中心にして物語を読んだらいいのか不明のまま読まなければならない。僕が最も苦手とする構成だ。 

 とにかく登場人物が多く、次から次に新たな人物が舞台に登場してくる。それはコンドミニアムの住人たちであり、その島で働く人であり、そしてコンドミニアムの建設・運営に当たる人たちである。多数の登場人物が、いわば均等に登場して、物語を織りなしていくわけである。もし、これから本書を読もうと思われる方は、登場人物をメモし、整理しながら読むことをお勧めする。 

 

 物語は、フロリダのフィードラー・キイに建つ「ゴールデンサンズ」というコンドミニアムが主な舞台である。リゾート地に建つコンドミニアムで、そこには社会の第一線から引退した人たちが優雅な老後を過ごそうとの願いで暮らしている。 

 だが、住民たちの現実はその願いとは裏腹に、管理費高騰問題で組合運動をし、住民たちで自警団を結成して警備を担当し合ったり、室内の不備や不具合に頭を悩ませたりしている。毎日テニスをする人もあれば、釣りに興じる人もあり、単調な日々を送っていることもある。酒に溺れる住人さえいる。陰謀論に熱中する者もあれば、自転車に財産を投じる者もある。裏の密林で自然の豊かさに感激し、それに熱中しても、突然密林が伐採されてしまい、生きがいを喪失するといった住人もいる。配偶者が入院していたり、持病を抱えていたりする者もある。彼らの現実は必ずしも悠々自適で優雅な暮らしとは言えない。 

 

 一方、コンドミニアムを建設する側の人間も多数登場する。こちらの物語も平行して綴られるのだが、この中心人物はマーティン・ロスである。コンドミニアム業界は不景気であり、その人気も下落しているところへ、彼は新たなコンドミニアムを建設しようと無謀にも試みる。結果的に、これは失敗する。資金不足に陥り、膨大な負債を抱え、そして贈収賄の罪を課せられそうになる。 

 こちら側の人間たちは、とかく金とイロと欲づくめの者たちばかりである。金の動くところに群がり、不倫な関係に溺れる。法に問われそうになると保身に奔走する。得だけして、罪は着たくないといった、強欲な面々であるように僕には思われて仕方がない。 

 何よりも、コンドミニアム一つ建てるのでも、数多くの人間が携わり、利権を競い、駆け引きをし、欺瞞を働く。誰が本当の責任者であるのか、あるいはこう言ってよければ黒幕が誰なのか不鮮明になっている。 

 

 住人と建設側とを繋いでいるのがコンドミニアムである。住人でかつては技術者だったガス・ガーバーはゴールデンサンズが欠陥建築物であることを見抜いていた。彼はその専門的調査を、ガスのかつての部下であったサム・ハリソンに依頼する。サムは現地調査し、ここにハリケーンが来たら新たな水路ができて島を分断すること、建物がハリケーンに耐えられないことをパンフレットにして配布する。 

 このパンフレットを真面目に受け取り大事に備える人もあれば、環境キチガイによるたわごとだなどとして拒絶する人もある。建設者側からは建設に対する抗議運動とみなされる。 

 しかし、その頃、人知れずハリケーン「エラ」が発生し、徐々に勢力を拡大しながら、フロリダへ近づきつつあったのだ。ハリケーンの上陸に備えて避難する者もあれば、ハリケーンパーティーを開く者もある。通常のハリケーンならそれでもよかったが、「エラ」は近年にない超大型ハリケーンだった。 

 

 600ページの作品のうち、ハリケーンが上陸するのはラスト100ページくらいからだ。そこからラストまでは息をつかせぬ迫力がある。これまでに登場した人物たちの最後の瞬間が描かれていたり、とかくハリケーン被害の凄惨な情景がリアルに描かれる。 

 でも、そこまでに至る500ページが長い。一人一人の人物が詳細に描写される。その経歴、現在の生活、そしてその思惑や思想までもが丹念に描かれており、それが作品を重厚なものにしている。それはそれで興味深い人間も登場するので、読めることは読めたのだけれど、クライマックスに至るまでがとにかく長かったという印象がどうしても強く残ってしまう。 

 

 何人かの印象に残った住人たちのことも書いて残しておこう。 

 建物の欠陥を調べたガス・ガーバーは一応主人公の一人とみなしてもよいだろう。妻が入院中で、その病院の経営にも手を貸し、ハリケーン上陸時はその病院で過ごしていた。 

 ハワード・エルブライトは最初に登場する住人だ。室内の不具合を管理人に交渉して断られ、渋々自力で修理せざるを得なくなった人である。ハリケーンの際は避難して助かる。 

 エルブライトと同様に助かったのはヘンリー・チャーチブリッジ夫妻である。住人の一人で陰謀説に熱中するウイニーに一時期は感化されたが、やがて飽きが来て、ウイニーとの付き合いを止めてしまう。現実的な思考の持ち主であるようだ。 

 そのノーブル・ウイニーであるが、各種の印刷物を漁ってはスクラップし、世界の陰謀を調べつくしているという人物だ。彼は避難せず、コンドミニアムに留まったのだが、ハリケーンの進路を見て、このハリケーンは自分を直撃するために作られたものだという妄想を抱いて死ぬ。分裂病的な人物である。 

 ロジャー・ジェフリーは自転車マニアである。財産をつぎ込んだ自転車がアル中のペギーが運転する自動車によって大破させられてしまう。ペギーに弁償してもらい、新たな自転車でレースに参加するが、リタイアした選手たちに手を貸したりせず、そんな人を横目にして通り過ぎるという、いささか冷淡で自己チューな人物のようだ。この自己チューぶりは避難した先での振る舞いにも表れている。 

 そのペギー・ブラッサーは未亡人で、孤独を酒で紛らわしているうちにアル中になり、死亡してしまう。サンド・ドラー・バーの常連客だ。ハリケーンに見舞われる前に死亡したのは却って幸せだったかも。その息子であるフレッドとジャドが遺品・不動産整理のために訪れていたが、フレッドは島の売春女に熱を上げてしまったために、サンド・ドラー・バーのハリケーンパーティーに参加し、そのままハリケーンで命を落とすことになる。弟のジャドは退路が立たれた状況で、サム・ハリソンと共に、ボートで逃げる。 

 レグランド・メッセンジャーと妻バーバラ。夫は体が不自由であり、管理費高騰に反対する組合に関わらない。しかし、妻のバーバラはサム・ハリソンの調査に協力し、パンフレットの制作や配布にも尽力する。ハリケーンの日はレグランドの具合が悪化し、緊急入院となり、バーバラもそれに付き添うことになり助かる。 

 その他、看護婦のロバータ・フィッシュと管理人のリグビー夫婦なども印象に残る。夫のリグビーはロバータと浮気している。その後、夫婦仲は険悪となり、ロバータとロリー・ヒグビーが仲良くなり、ハリケーンの日はともに看護に従事している。夫のジュリアン・ヒグビーは、管理費高騰の訴えに耳も貸さず、それでマーティン・ロスの用心棒にボコボコにされるなど悲惨な目にも遭っているが、自棄を起こしていたのか、サンド・ドラー・バーのハリケーンパーティーに顔を出し、そのまま高波に吞まれてしまう。 

 

 このハリケーンがコンドミニアムも何もかもを一掃してしまう。住人たちが演じていた表舞台も、建設側が暗躍していた裏舞台も、すべてが無に帰してしまう。これがこの物語の結末になるのだが、この無情感が寂寞な気持ちを呼び起こす。 

 

 さて、本書の唯我独断的評価は4つ星だ。クライマックスに至るまでの500ページが、せめて400ページだったら5つ星を進呈していただろう。丹念すぎる描写は、リアル感をもたらしている一方で冗長感があり、読むのがいささか煩わしい箇所もいくつかあった。その辺りで少々減点となった。 

 

<テキスト> 

『コンドミニアム(上・下)』(Condominium)ジョン・D・マクドナルド(1977年) 

広瀬順弘 訳 

角川書店 

 

(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

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