5月2日:ミステリバカにクスリなし~『迷路』

5月2日(金):ミステリバカにクスリなし~『迷路』 

 

 ビル・プロンジーニの名無しの探偵シリーズ。長編としては7作目で、1982年の作品。 

 

 本作では、探偵は53歳。今の僕と同じ年齢だ。それだけに妙に親近感が生まれた。ビール太りのため、恋人からジョギングを勧められたが、ジョギングなんてノータリンのやることだなどと毒づいている。冒頭からそんな場面を読むことになるのだけれど、なんとも人間臭い主人公だ。恋人ケリーの態度も煮え切らず、その父親「イワン雷帝」に結婚を認めさせるのも至難の業ときている。 

 結婚にこぎつけるためには仕事をしなければ。月曜日、幸先のいいことに3件の依頼が舞い込んできた。 

 最初に飛び込んだ依頼はジョージ・ヒコックスという男のものだ。富豪クライド・モレンハウワーの秘書をしている。次の土曜日にモレンハウワーの娘の結婚式があり、結婚祝いのプレゼントの見張りを依頼される。 

 続けざまに弁護士アダム・ブリスターからの依頼が飛び込む。社交界で名の通っている女ローレン・スピアーズを探し出せというものだった。奔放な彼女は自動車事故を起こしており、その居所を突き止めて、裁判の召喚令状を突きつけてほしいとのことであった。 

 3番目の依頼はエドナ・ホーンバックからのものである。彼女は直接探偵オフィスに顔を出す。彼女の依頼は夫の不義に関するものだった。夫ルイスは会社から金を横領しており、浮気女がいるとのことであった。探偵への依頼はその浮気女を探し出し、横領した金を取り戻すことであった。 

 

 どれもありきたりの依頼であるように探偵には思われたが、ここから災難続きの一週間が始まる。 

 まず、ルイスの尾行からだ。妻エドナの言うところに基づけば、ルイスはどこかで浮気女と会うはずである。図書館、バーと、ルイスの後を追う探偵。女と会っている様子はない。そして公園の駐車場で車を止めたルイス。探偵もそこでじっと待ち、見張るのだが、ルイスは車の中には居なくて、死体となって発見される。 

 殺人事件に巻き込まれた探偵。こうなるとエドナの依頼は破棄しなければならないのだが、エドナがそれを許さない。挙句、エドナは探偵を犯人として訴え始めたのだ。新聞記事にもなり、探偵許可証まで取り上げられるかもしれない。 

 

 次は行方不明中のローレン・スピアーズの捜索だ。彼女にはバーニス・ドランという秘書がいる。この秘書から手繰ればスピアーズに行き当たるはずである。そう考えた探偵はドランの住居に赴き、彼女たちが金持ちのレジャー施設「ザナドゥー」に滞在していることを知る。ザナドゥーに駆け付けた探偵。彼女たちのコテージを尋ねたその時、屋内から銃声が。秘書のドランが殺されたのだ。またしても殺人事件に巻き込まれる探偵。 

 

 そして土曜日。モレンハウアーの娘の結婚式だ。プレゼントが集められている部屋の前で見張りをする探偵。二つの殺人事件に遭遇して、新聞紙上を賑わすことになった探偵であるが、ヒコックスはモレンハウアーの反対を制して探偵に依頼を続行させたのである。趣味のパルプマガジンを開きながらドアの前で張り番をする探偵。その時、部屋の中から窓ガラスが破れ、プレゼントの山が崩れる音がする。探偵に緊張が走る。ドアをけ破り、割られた窓を見、犯人の後を追う。借り物のタキシードのズボンが破れても意に介さない。だが、犯人はすでに逃走してしまっていた。この事件でも探偵が重要容疑者となってしまう。 

 

 三つの事件はどれも不可能趣味が濃厚だが、ディクスン・カーのような独創的なトリックではなく、単純なものである。もっとも、謎解き小説ではないのでそれでいいのであるが。 

 それぞれの事件は単独に解決される。いずれも窮地に陥った探偵が、思考をフル回転させて手がかりをつかみ、その手口を暴き、犯人を挙げる。本作では探偵に精彩を欠く感じがしないでもないのだけれど、それぞれの事件で一挙に謎を解くくだりは爽快である。 

 月曜日から始まった三つの依頼は、事件に発展しながらも、日曜日にはすべて解決される。探偵にとっては災難の一週間となった。しかし、探偵許可証の件は解決に至らず、ケリーとの仲も不穏な空気を漂わせて終わるなど、手放しで大団円を喜べない結末となっている。寂寞とした読後感が残る。 

 

 この探偵は、本当は名前があるんだけれど、作中では名前を呼ばれないので「名無しの探偵」と称される。パルプ・マガジンの収集家であり、愛読者である。 

 よくあるハードボイルド小説の探偵のようなタフガイでもなく、女にモテるというわけでもない。中年太りに悩み、ビールばかり呑み、かろうじてタバコは止められたといった人物で、53歳になっても独身で、恋人の父親からは嫌悪されるなど、必ずしも人生の成功者とも言えず、むしろどこにでもいそうな人間である。要するに、ヒーローらしからぬ主人公であるが、そういう人間臭さがまた本シリーズの魅力でもあるのだろう。 

 

 さて、本書だが、なかなか面白く読めた。僕の唯我独断的読書評は4つ星を進呈しよう。必ずしも名作というわけではないものの、それなりによく出来た作品であり、普通に面白いと思う。 

 

<テキスト> 

『迷路』(Scattershot)ビル・プロンジーニ(1982年) 

小鷹信光 訳 

徳間文庫 

 

(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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