T6-3私の「うつ病」観

 

 「うつ病」にはさまざまな「うつ病」があるということと同様に、「うつ病」を見る視点もさまざまであります。その臨床家がどういう環境で「うつ病」者と会うか、その臨床家がどのような学問的基盤を有しているかによっても「うつ病」理論、「うつ病」観が異なってくるものです。従って、私の「うつ病」観をあらかじめ述べておくことが必要であると感じています。

 私は大阪の高槻市にて「高槻カウンセリングセンター」という個人経営のカウンセリングルームを営んでいます。そこで私はクライアント(カウンセリングを受けに来る人)と一対一で面接します。私はカウンセラーであり、医師ではありません。

 そのような環境でありますので、私には入院が必要なほどの「重症」の「うつ病」者とお会いすることは滅多にありません。週に一回程度の頻度で面接を重ねていくので、それに適応できる「うつ病」者とお会いしているわけであります。

 私が「うつ病」について学ぶのはそういうタイプの「うつ病」者からであります。そのため、私の「うつ病」理論にもどこか偏りが生じているであろうということは自分でも理解しているのです。

 次に、私の学問的背景ということですが、私は長年心理学を勉強してきました。臨床心理学と精神分析学を主にしてきました。それから現象学的精神病理学からも多くを学んでいます。哲学に関しても、私は実存哲学から主に多くを学びました。

 私の観点では、「うつ病」は「病気」ではなく、一つのパーソナリティであり、一つの生き方であるのです。一つの生の在り方として「うつ病」を位置づけているのです。従って、「うつ病」者の「うつ病」はその人の生が深く関与している現象であると理解しております。

 「うつ病」を治療するということは、これまでの生き方が改められていくことであり、パーソナリティに望ましい方向性が生まれることであり、単に「症状」を消去すること以上の意味合いがあるのです。

 しかし、一方で「うつ病」は「治療」されて然るべき「病気」であるという観点も有しています。ただ、この観点はむしろ医師の観点であります。私の範囲外という感じがするのです。でも、「うつ病」者に対して、必要なら病院に行って薬を処方してもらうことを検討するように依頼することも私にはあり、それはこの観点を私が有しているからなのであります。

 

(文責:寺戸順司―高槻菅セリングセンター代表・カウンセラー)

 

PAGE TOP