<T027-03>『呪われた医師たち』(2)
4「ニューヨーク作戦」
海に落ちたパイロットや海難者たちの命を奪うのは寒冷だけではなかった。渇きによる死もある。周囲には十分すぎるほどの水があるというのに、渇きで死んでしまう者が後を絶たない。どうすれば海水を飲めるようにできるのか、海水を飲んで生き延びることはできないのか。こうしてダッハウの収容所で、バイグルベック教授による、第3の実験が行われることになった。
実験のための施設が作られ、44人の囚人が選ばれた。その施設の収容人数が44人だったからである。海水を飲む方法として、シェーファー式やベルカ式が知られていたが、彼らはそこで海水を飲まされ、シェーファーの水を飲まされ、ベルカの水を飲まされることになった。飲むことを拒む者にはゴム管を使って胃に直接流し込まれた。すぐに吐き出す者、苦しみにのたうつ者などが現れる。
レジスタンスの地下組織のメンバーであった眼科医ロッシュ博士はこの実験の助手を名乗り出た。バイグルベックはロッシュを採用した。ロッシュによってこの実験の全貌が後に明らかにされたのだ。ロッシュは囚人たちの苦しみを軽減するために天井の大梁に水槽を隠し、雨水を貯め、それを海水と称して囚人たちに飲ませたのである。
このおかげで実験の結果が週によって異なることになり、バイグルベックは雨や気象条件が重要な意味を持つと結論することになった。このバイグルベックなる人物がどれだけの囚人を実験で殺したのかは不明であるが、ニュルンベルク裁判で15年の禁錮刑が言い渡された。
5「LSD、あるいは真実の血清」
ヒトラー暗殺未遂事件の直後、ヒムラーたちはある実験に取り掛かっていた。いわゆる「自白剤」の精製である。ペヨトルというメキシコ産のサボテンからの抽出液にその期待が寄せられていた。プロットナー医師は8人の抑留者に抽出液メスカリンを飲ませた。
被験者は幻覚に襲われ、狂乱状態に陥り、精神的抵抗を失ってしまう。被験者は秘密をを打ち明けることも、どんな供述をも引き出されてしまう。より正確に言えば、被験者はどんな内容のものであれ、それに同意するようになるということであるらしい。それは苦痛から解放されたいがためにそうしてしまうのであるようだ。
この実験に知らず知らずのうちに参加させられてしまったアルチュール・オーロが自身の体験を語っているのだけれど、なかなか壮絶な体験だったようだ。そして、自白剤なる薬は成功しなかったようである。
6「ラーフェンブリュックの小兎たち」
ヒムラーの副官であり、いくつもの肩書を持つラインハルト・ハイドリッヒは、今やヒトラーによって内務大臣の椅子まで約束された男だった。そのハイドリッヒが路上でレジスタンスの攻撃に遭い、重傷を負った。親衛隊軍医総監カール・ゲプハルトはハイドリッヒの救助をヒムラーから要請されたが、すでに二人の医師による手術が行われており、もはや手を打つことはできなかった。ヒトラーは彼の主治医でもあるモレルを呼べと命令するが、ゲプハルトはこれを断る。そうして、間もなくハイドリッヒは死を迎えることになった。モレルは彼のサルファ剤を使用していたら事態は変わっていたかもしれないと言う。こうしてゲプハルトは名誉回復のためにサルファ剤は効果がないということを実証しなくてはならなくなった。
ゲプハルトは自身の病院で実験のための「小兎」を集めることした。ポーランド人の娘たちがこの実験に駆り出されることになったのだ。
彼女たちは理由も知らされずに手術をされる。雑な手術に加えて、術前ならびに術後のずさんな処置、さらには劣悪な衛生環境に晒される。彼女たちは自分がなんの手術を受けたのかまったく知らされていないのだ。
この実験の証人となったのはソフィア・マグツカだった。彼女もポーランド人であり、医学博士でもあったので、ラーフェンブリュックの病院にて、通訳兼看護婦として働くことになったのだ。彼女によると、74人のポーランド娘が手術を受け、5人が命を落としたということであった。
これらの手術の無意味さは次のエピソードからも明らかである。ある被験者は骨が切り取られていたが、それだけでなく、骨膜まで切除されていたという。骨膜は骨の再生を司る器官である。骨が再生できない状態にして、骨が癒着するかどうかなんて、実験をしなくても分かることである。無益な実験に、しかもゲプハルトの個人的な事情のために、若い娘さんたちが命を落とし、身体障碍者になってしまったのである。
7「メンゲレの双生児たち」
ヒトラーは国力を増すために子供をどんどん産むことを推奨した。かくて天才医師メンゲレの頭に一つの計画が浮かぶことになった。もし、生まれてくる子がすべて双生児であれば、同じ期間で生まれてくる子供の数は二倍になる。そのためには双生児の秘密を解明しなければならない。メンゲレは早速この大事業に乗り出した。そうして収容所から双子の子供たちが実験に供されることになった。何組もの双生児が殺され、解剖され、輝かしい研究のための犠牲となった。ただ、双子の秘密は解明されず、重要な発見一つなされず、無益な殺人と解剖だけが繰り返されたのだ。
もし双子がどうやって生まれるのか調べたいなら、その親を調べるのが筋であると僕は思うのである。まったく方向違いの実験のために多くの双子が犠牲になったと言わざるを得ない。
8「収集マニアたち」
大学教授アウギュスト・ヒルトはある計画をヒムラーに打診する。それは下等人間の博物館を作るために、ユダヤ民族の骨格標本を収集することであった。ユダヤ人が地上から抹殺されることになれば、彼らの骨格標本は貴重になるからであり、今のうちに標本を集めようということである。かくて、この目的のために収容所では多数のユダヤ人がガス室送りとなったのだ。
また、親衛隊医師バウムケッターは下等な人間は下等なペニスを持っていることを証明しようとしていた。収容所のユダヤ人たちはバウムケッターの収集のために犠牲となる。
ブッヘンヴァルトの収容所長夫人であるイルゼ・コッホは入墨に熱中していた。囚人の中で入墨を施している者があれば、イルゼのコレクションに供されることになった。彼女は入墨をした皮膚で手袋や電気スタンドの傘を作らせた。
4章から8章までを読んだことになるが、あまり詳しく書くのも気が引けるものばかりである。読んでいて胸がむかつくような話ばかりである。
どの実験も多くの犠牲者を出しながら何一つ成果を出していないことは明らかである。その理由の一つは、実験に先だって実験の妥当性が検証されていないからである。その実験が証明したい事柄を証明するのに妥当な実験であるかどうか、まるで検討されていないようである。そうした手続きを踏まえずに、先に人体実験ありきの状況ではなかったかと思う。実験者たちにはもはや科学的思考が衰退しているかのような印象を僕は受ける。
また6,7,8章のものはすべて実験者の個人的興味と言っていいのではないかと思う。個人的な理由で生きた人間が実験に処せられたことになる。まさに狂気の沙汰である。
(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

